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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、フライシュタート・バイヤン⑮

フォルラーニには逸らぬよう重々に念を押してメイアンはミュンヘン中心地へ戻ってきた。バイクで帰ろうかとも考えたが、ソフィア・グートシュティッカー・パークで五位鷺の姿に変えて最短距離をとることにした。

ソフィア・グートシュティッカーか。オランダ生まれのドイツ人写真家で、フェミニストの先駆者であった。彼女は19世紀末から20世紀末にかけてミュンヘンで活躍した女性権利運動の第一人者…所謂フェミニストである。そしてレズビアンなんだよな、とメイアンは翔び発った。性的指向と権利運動とは別物の筈なのに、この時期の活動家の指向が故に同一視されてしまいがちなところがある。隠せとは言わないが、権利を求めるならあまり明確にすべきではなかったかなと思う。こういう話題はもう勘弁だよとゆっくり滑空すれば、あっという間に宿に辿り着いた。自室のベランダに辿り着くと嘴でこんこんと窓ガラスを叩いた。部屋にいたプラムが気づいて窓を開ける。

「…メイアンなの?」

体を入れ替えるように室内に入りながらそうだよ、と答えて元の姿になる。

「はい只今帰りましたっとぉ…どこにも出かけなかったの?」

「ええ、いえ、辺りを散歩してきました。ミュンヘン、いいところですね。緑も多くて、歴史の深そうな美しい建物もいっぱい」

「BMWの本社社屋みたいな超モダンな建物もあったでしょう」

「そういうのも上手く調和していて、変に突き抜けた感じがないのが素敵です」

「グレーゴルと行ったの?」

「いえ、グレーゴルさんはなんだか調子が悪そうで」

「ふうん…」

午後のお茶の時間に丁度いい。メイアンはプラムを連れて通りに出ると、近くにあったカフェのテラス席で憔悴した顔でコーヒーを啜るグレーゴルを見つけた。

ウェイターの案内を断ってグレーゴルの隣の椅子を引く。

「よぅ、酷い顔だな」

「…頭ががんがんする」

「飲み過ぎ?」

「昨晩はビールすら飲んでない。なんかこう、頭にずっとなにかが響いているんだ」

「ふーん。それでコーヒー飲んじゃっていいの?隈が凄いよ、眠れてないんじゃない?」

「横になってもうとうとするばかりでずっと緊張している。今は寧ろ眠くなりたくない」

「重症だな」

メイアンは紅茶を頼んで尋ねた。

「暖海法師は?」

「部屋にいる筈だが。ずっと新聞を読んでいた。あの人の圧も強いし、しんどい」

「圧が強い?そうかなあ…」

「俺より何百年も生きてるんだろう?あの人の本性、なに?」

暖海はメイアンに初めて会ったときに己が法螺貝の化生けしょうだと直ぐに教えてくれたが、グレーゴルには教えていない。隠す程ではないが積極的に開示しない…どんな意味がある?

圧が強いというのは、渡鴉達の意図があったとはいえメイアンと縁ができてしまったのを契機に、ヴォルパーティンガー達の願いを叶えるのに勝手に巻き込み、そこで知り得たプラムを今度は気に入りずっとハートを飛ばしてメイアンをうんざりさせていることに本当は極太の釘を刺したいのだろうが、かといって直截に戒めたくはない、ということでグレーゴルに見えないプレッシャーをかけているということなのかなと紅茶に口をつけながら思う。

程々にしろよと多少は伝えてるつもりではあるし、グレーゴルなりに抑えているのだとは思うが、兎の性格上これが限界なのではないかと諦めている。が、暖海には我慢がならないらしい。

「少しここで気分転換してな。プラム、ついててやんな」

少しやり過ぎなのではないかと思うが、グレーゴルにあまりがつがつされても困ってしまう。多少弱体化してくれている方が今の状況としてはやり易い。そう思いながら宿に戻ると、グレーゴル達の部屋をノックした。

出迎えた暖海はどうだったかと尋ねながらソファを勧めた。やわらかいソファに身を沈めると、酷く体が重かったのだと気がついた。ここに座るまで気を張っていたらしい。いや、まだもう少し持ち堪える必要がある、と顔色に全く出さぬまま僅か一秒だけ態とらしく間を置いた。まるで特報を持ってきたと勿体ぶっているように見えることだろう。

「ゼップ・フォルラーニは、仙だった」

「ほぉ?」

「もしかして知ってた?」

「いいや、初耳だね。なんの仙だった?」

「龍。四本指…四本爪の、蛇龍リントヴルム

蛇龍リントヴルムね、と暖海は軽く頷いてからメイアンを真正面から見据えた。

「龍鯉の寒霏のことを、四条に聞いたか」

「うん。腫れ物扱いだってこともね。現代なのだから幼稚園児からやり直させろって言っといたよ」

「幼稚園児」

「カンピーは現代教育が性に合う。いきなり賢い龍としてこの世にデビューした他の龍と違って、魚が成り上がっただけなんだもの。化けるとか陰陽とかそういうことより先ず国語算数理科社会、だ。今後仮に龍が増えてもそこから始めるって選択肢を作ったな、カンピーは。偉大じゃん」

暖海は一旦拍子抜けしたようだったが、くすりと笑った。

「偉大ねぇ…蛇龍リントヴルムとは?音の響きからするに、ドイツの龍であるか?」

「ドイツ語圏とスカンジナビアの伝承だね。ヨーロッパは相互に影響し合ってるから、イギリスのワイバーンなんかとも共通な部分もあるけど」

「成程」

「生まれは1955年。だから龍としてはとても若い部類ってことだよね。近年の龍に対する認識や都市伝説なんかを盛り込んで、白いんだよ」

「白いと、なにか不都合が?」

メイアンは西洋水木レッドドッグウッドの見解を伝える。暖海は黙って聞いていたが最後は溜息を吐いた。

「世界にばら撒いてしまった蛇龍リントヴルムの贋作については、少々気になるところだな」

「いずれ回収しなきゃなんないだろうね。まあ、描いた本人が無期限で生きてるわけだから、取り敢えずそれも無期限でいいんじゃん?本人も贋作であることを恥じてるんだし。ところで暖海法師」

メイアンは組んでいた脚を解いて背凭れから身を起こした。

「なんだね、改まって」

そう、これが残っている。暖海に弱みなど見せられない。

「そろそろ答え合わせをしてくんないか」

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