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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、フライシュタート・バイヤン⑨

フォルラーニはノブを掴んだまま固まっていた。

「答えられないか。進んで贋作を描いたんだな」

奥歯を噛み締めていたフォルラーニだったが、矢庭に絵とメイアンの手首を掴むと無理矢理屋敷の中へ引き入れた。

「うわっとぉ」

「外で大声で話すことではない!」

「自業自得じゃん」

フォルラーニはメイアンの手からクラフトマスカーに包まれたキャンバスを取り上げた。流石に破くような真似はしなかったが、包装を解いてキャンバスを取り出してフォルラーニはほうと息を吐いた。

「何故贋作稼業なんかに手を出した?」

フォルラーニは丁寧に贋モネをイーゼルに置いて、絵の具が丸く強く盛り上がって固まっているところをタッチに合わせて指でなぞった。

「当初は、贋作を描いているつもりなど、無かった。この画家がこの時代に描いたとされる絵が失われたか、見つかっていない…どんな絵を描いたのだろうと調べて、調べ上げて、描いてみただけだった。世に出たら贋作になってしまうからな、その絵は仕舞って自分の絵を描いたさ。これがさっぱり評価されない。気晴らしに過去の画家が描いたかもしれない絵を描いてみる。これは、出さない。自分の絵を描く。今まで過去の画家になりきって描いていたからか、思わずその癖に引っ張られる。その絵を見たデュファイエが、もっとその画家っぽく描いた方がいいと言い出した。その言葉に乗るのは簡単だ。だってさっきまでその画家になり切って無かった絵を作り上げていたのだから。出来上がったのは、世に出さないと仕舞い込んだのと同じレベルの、過去の画家がもしかしたら描いたかもしれない絵だった」

「自分の署名サインを何故入れなかった」

メイアンは硬い声を崩さない。

「これまでに、目標とした画家の署名サインなど入れたことはない。デュファイエが買い上げていって、世に出されたときには巧みな署名サインが入っていた」

「先に自署すればよかったんだ」

「初めの裡は、自署する前にデュファイエが金を置いて勝手に持ち出していっていたのだ。持ち出されたら贋作師になる。嫌でアトリエを移したことがあったが、何度どこへ移っても、デュファイエは現れる。ミュンヘンに来た頃からはもう、諦めていた」

メイアンはつかつかと回るように歩いて、どっかとソファに身を沈めた。大仰に手を振ってみせる。

「違うだろ。署名しないで置いておけば、デュファイエが勝手に高い評価を与えてくれる。己の名ではなくとも高く褒めそやされることにどっぷり浸かって、心地よくなってしまって抜け出せなくなったんだ。いや、抜け出したいとも思わなくなったんだ」

デュファイエはどこで画家の署名を入れた?デュファイエのオフィスには画材はひとつもなかった。外部の誰かに依頼していたのか?

否、違う。メイアンがあのオフィスにある物という物を全て引っ掻き回す前に私物を纏めて出奔した者がいるではないか。

ギヨーム・キュシェ。

メイアンは歯噛みした。忠遠が変に食い下がったわけだ。恐らく器用に過去の画家の署名を入れていたのはギヨームだ。署名を描き足すくらいの画材なら、携帯用木箱に詰められる程度の道具で事足りる。多量の絵の具を使う必要もないから、使い捨ての紙パレットでも構わなかった筈だ。奴め、画家崩れだったか。

となると、ギヨームが消えた後デュファイエがフォルラーニから奪ってきたこの絵にブランシュ・オシュデ・モネの署名サインを入れたのは、誰だ?

「これは酷いね、選んだ色も然ること乍ら、シッカチーフを使い過ぎている…だからコバルトブルーを選んだのだな」

「どういうことだい?」

「油彩は金属酸化物を顔料として使っていると乾きが早くなる。ビリジアン、バーントアンバー、プルシャンブルー、そしてコバルトブルーなどは乾きの早い絵の具だ。シッカチーフはコバルト、マンガン、鉛などの非常に酸化し易い金属を油に溶かしてある。油に溶けやすくするために、有機酸の金属塩、ナフテン酸コバルトやオクチル酸マンガンなんかを、な。ここを分析されたら直ぐに時代が合わないことがわかってしまう。大体、シッカチーフを多用して溶き油のように使うと細かい皺を生んだり剥離したりする。こんな愚かな使い方を」

オフィスに戻ったら、ギヨームがいない。帰路の途中で連絡を入れたのかもしれない。デュファイエはオフィスで、ギヨームによる最終仕上げを諦めてどこかでパレットと筆を借りたのやも…そして多分己の手で仕上げたのだ。

「…デュファイエとはいつどこで知り合った?」

どう見てもフォルラーニは七十代以上、デュファイエは五十代そこそこ、親子といっても差支えのない年齢差がある。学友だったというのは通用しない。

フォルラーニはふいと横に顔を背けた。

「言いたくないか。それならその程度のつき合いだと判断するだけさ。それとも?弱味を握られて従うしかないとか?ああ、いいよ、別にそれを解決しようってんじゃないし」

フォルラーニは低く呟く。

「…違う」

「ん?なんだ?別に知りたくもないって言ったじゃん」

フォルラーニはメイアンの言葉が耳に届いていないようだった。目尻に涙が滲んでいたからだ。

フォルラーニとデュファイエは、濃い関係なのか?

ぐるぐるっと果てしない妄想が広がる。

豈夫よもやの実の親子だとか?いやいや、栗毛で巻毛気味鰓の張った顔つきのデュファイエと、少々ラテン気味なしかし顎の突き出たフォルラーニとでは似たところを探すのに苦がある。同じ理由で生き別れの兄弟説も却下だ。運命の糸が絡まり戸籍上親子だ兄弟だというのも考え難い。それなら早々に白状していそうだ。遠い親戚説ならなんとか罷り通りそうだが。いやいや、そんな書類上の繋がりや血縁関係などではなく、フォルラーニとデュファイエその人同士の感情か?男同士を否定したりはしないが、壮年と老年のカップルを想像すると顳顬が引き攣る気がする。

メイアンは頭痛がしそうな気がして思わず右手で額を押さえた。すると、右手がぶんと軽い唸りのようなものをあげた気がした。

…右手?

ウルムでヴォルパーティンガー達に囲まれたとき忠遠がくれた術式が右手には宿っている。右手を目に翳すと、その正体を見ることのできる、隠密な術式。

無意識とはいえ右手を翳したら、術が反応して唸りをあげた。なんでもないものを見る分には幾ら右手を翳したところで術は発動しないし、真の姿を暴き立てることはない。だが術式が発動して、さあ見よと促している。

これは嫌な予感がするってだけじゃ収まらないぜ、忠遠さんよ。

ここにはいない忠遠に文句を垂れつつメイアンは俯いたまま言った。

「いいよ、聞いてやる。デュファイエとはどういう繋がりだ?」

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