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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、フライシュタート・バイヤン⑤

目覚めると霧雨が降っていた。だが空は明るい。

見れば照る照る坊主が飾られたベッドでプラムが寝息を立てている。雲が重く垂れ込めていないのは、プラムが己の不遇を嘆いて消沈しているのではなく、メイアンを案じてもしかしたらもしかしたら自身に責任の一端があるのではないかと思う反面己の手で解決を見出せないかと希望も一縷持っているからだろうかと想像してみる。

身なりを整え食堂へ行くと、暖海が新聞を読んでいた。目を凝らすと縦書きで、京都新聞である。

「どうやって手に入れた?」

「四条がよく使う手段だが。ポケットとを繋げてある。和歌山新報と紀伊民報もあるが、読むかね?」

「…なんでそんな地域限定なローカル新聞?」

「京都新聞は輝が寄越した。和歌山新報と紀伊民報は熊野の鴉共が毎日、な」

「熊野の鴉…って、む?八咫烏となんか関係ある?」

「そのものずばり八咫烏の一族だが?」

「一族って!」

「脚が三本というのは寓意だが。騒がしい連中でな。最近サッカーの守り神と祀り上げられ変にご機嫌だ」

メイアンは三本指で額を抱えるように唸った。

「ゔ〰︎、慣れてはきたけど、ファンタジーなのか史実なのかわからないものがカジュアルに登場したり、世界の叡智が額を寄せ集めても解明できない時空構造の位相幾何学を気軽に有効利用してるって、頭が追いついていかない…」

「大山のぶ代の声でとりよせバッグ〜でいいではないか。鴉共は山で平和に暮らしていたが、如何に共存すれば角が立たないか早くから検討していただけだ」

かど?」

「人が無闇と繁栄するのは自明だったが、今で言うところの自然破壊や砂漠化を押し進めてしまうことはなかなか読み切れない。まさかそんなことになるまいそんなことをするまいと思ったことをしよる。それで絶滅したものは少なくない」

不意に、こちらに背を向けて佇む一初の姿が浮かんだ。朱鷺は地域個体群の絶滅であって、…違う、今はそういうことではない。

「鴉…も、人間に駆逐されてしまいかねないの?」

「狼のように人を害するからと殲滅される場合もある。獺のように棲める環境を奪われてしまう場合もある」

二十世紀末から現在にかけて、烏はゴミ集積所を荒らすと忌み嫌われる存在である。無論烏の生態の一面を引き出してしまった人間の生活のありようが原因でしかないのだが、そこだけを取り上げて駆除だ排除だと言い出すのも人間だ。

「まあ、なんだ。その裡鴉が自ら語るのでは?」

「えぇえ?お預け?」

「元々人のおらぬ島々であったところに先住民ならぬ先住動植物がおった。無駄に己のの縄張りを主張するだけでは芸がないだろう?」

「芸がないって…」

「空間には限りがある。どうだ?譲り合うか、占有するか」

譲り合うが正解だろう。解っていながら譲り合うという選択肢を捨てるのは人間だけだと思う。

「断っておくが、譲歩を是としない連中は少なくない。例えば、cis-DME」

突然化学物質名を出されて戸惑うも、なんとか感情を押し隠す。

「…詳しいね」

「知っておったか」

暖海は何故か満足げなようだ。

「シス-デヒドロマトリカリエステル… 背高泡立草の根から出るアレロパシー物質だね」

「減反政策で休耕田が増えてな、背高泡立草が突如にょきにょきっと生えてくるようになったことで知られることになったのだ。あっという間に凡ゆる他の植物を制圧、駆逐した」

成程背高泡立草は空間を占有した。見慣れぬ雑草が幅を利かせ一斉に花を咲かせている様相は理由もなく脅威と映った…何故か秋の花粉症の主因である豚草と混同され、間違った理由で忌み嫌われてしまっている。背高泡立草は虫媒花で、豚草のように花粉を飛ばすことはないというのに。

暖海の言い回しはそんな風評被害を皮肉っているようにも聞こえた。そういう意味では背高泡立草に同情を禁じ得ない。

「それには続きがある。cis-DMEによって背高泡立草は大繁栄を迎えたが、鼠や土竜が駆除されて彼らが貯めてきた地下50㎝という深い層の養分を吸い尽くし、逆にcis-DMEの濃度が上がり過ぎて10ppmを超えたことで自身の発芽抑制に働きかけることになり芒の隆盛を招いて衰退していった」

暖海は低く笑った。

「栄枯盛衰。非常に動的ダイナミック植物相フローラではないか」

静的スタティックでは、よくないの?」

暖海は片眉を上げて首を振る。

「はてさてな。どちらがよくてどちらがよくないとは論じない。ただ八咫烏は静的平衡を選んだ。単独での極度な繁栄を迎えることはできなくなったが、同時に抑制下にあることでずっと中庸の維持を得た」

もしも八咫烏が神武東征をよしとせず熊野から大和への道案内をせなんだら。鴉を敵と見做し対立の後殲滅という別の歴史があったやもしれぬ。或いは、鴉が避けた地域の豪族や集落と逐一争うこととなり、紀伊地方の静寂は破られ凄惨な歴史が残ったのかもしれない。

「どこまで史実なんだ…?」

「歴史書なぞ後から脚色しながら作られるものだ。実際はほんの些細な八咫烏の決断に過ぎない。お蔭で熊野は今も山の中だ」

熊という字は隈、奥まった場所・地域を示す…人は深い山での発展を回避する。拓く手間がかかるからだ。それを見越して八咫烏は大和への道を先導したのだろうか。

「こんな田舎の新聞だが話題は専らG7だな。ゼレンスキーも来るであるとか、原爆資料館を訪問するであるとか。その程度のことよ」

「結構重大なんじゃん?」

「人に限らず目のあるものは見たいものしか見ない。いや、見えない」

暖海は新聞を畳み、運ばれてきた食事に手をつける。メイアンも同じメニューを頼んで辺りを見回した。

「兎はまだ眠っておったわ。ジャージー・デヴィルは?」

おんなじ。昨日の列車移動が疲れたのかなぁ?」

また暖海は低く笑った。メイアンは少しだけ眉を寄せた。

「暖海さん、なんかした?」

「…なにも?」

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