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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、フライシュタート・バイヤン③

一初は大きく息を吐いた。

「全く、メイアンは誰にでも優しくしちゃうんだもんな」

「そんなことしてないよ」

「まあいい、メイアンのいいところでもある。変えようとは思わない。何故バイエルンに、ミュンヘンに?」

「フランスで秋津運輸が危うく運ばされそうになっていた贋作を作ったゼップ・フォルラーニが、多分ここにいる」

「フォルラーニ?…ああ、一週間くらい前に情報番組で同姓の画家が取り上げられていたな」

「画家?」

「つか、自ら贋作を描いた、と」

メイアンの指す人物と一致しているようだ。

「マリー・ローランサンだっけ?ちょっとぼやぁっとし感じの薄味な感じの、それでもあれ油彩なのか?そんな絵でも好きな人間も少なからずいるようで、日本にある最も最近発見されたという作品はフォルラーニが自分で描いたのだと主張していた。そうしたら、別の美術館が所蔵している全く違う作風の別の画家の絵画が、二枚も、それぞれ別々の美術館にあるんだが、それらも己が描いたのだと暴露してしまって、絵画を鑑定できそうな感じの肩書の人が代わる代わる出てきて…ははっ、だれも断言しないんだけどさ、誰も違うと完全に否定もできないでやんの。もうあれ絶対フォルラーニの言う通り贋作だろ、としか思えなくなってきてた。多分視聴者の殆どが」

秋津運輸が絵画を受け取りに来る一時間程前にデュファイエ(画商)が激怒していた件だなと頷く。

「決定的だったのは、ローランサンを含めた三作品が時期こそ違えど全て同じ画商を通じてフランスから持ち出されたってところだね」

「Deffayet…Serge Deffayet」

「そうそう、デュファイエ…なんだ、知っているのか」

拍子抜けしたように見えるのは朱鷺の顔だからか。

「懲りずにまた日本に向けて、今度は四枚も、そらも一度に送るつもりだったんだ。一枚は以前売りつけた相手から心理的に追い詰める形で買い戻し、二枚は元から所有を有耶無耶にする為に預けているようなものだった、もう一枚はフォルラーニが何故か後生大事に手放さないでいたのを無理矢理捥ぎ取ってきて…秋津運輸に運ばせるつもりだったんだ。秋津の池田霧香に泣きつかれてそれを阻止してきたのは、いっちゃん知ってるでしょ」

一初は溜息になった。

「…すまないな、おれメイアンのしてることを把握していたんじゃないんだ。疲れや不調を補ったり癒すのに断片的に、」

メイアンは手を伸ばして嘴を上下に摘んだ。当然一初は嘴を開けなくなり、言葉が止まる。

「知ってくれって頼んでない。寧ろなにも訊かないであんなにも支えてくれたなんて、いっちゃん凄い。どうしてそういうことできちゃうの。あ、そんな瑣末なことが訊きたいんじゃない、いっちゃんが凄いなって言う為の長めの感嘆詞だよ」

一初は朱鷺らしくない動きをして翼で嘴を摘むメイアンの指をゆるりと払い除けた。

「何故贋作師がバイエルン…ミュンヘンだと?」

「名前、かな。Sepp Forlani、ファミリーネームはイタリアっぽいんだけど、ファーストネームのSeppってJosef(ヨーゼフ)の愛称で、この愛称形使うの主にバイエルンなんだ。バイエルンったって広い。無論名前の由来になる場所にずっといるってことはないんだろうけど、今回の四枚の絵画に設定された描かれたであろう時代がミュンヘンくらいの大気の汚染度が合うような、そんな気がした。それにねデュファイエがフォルラーニから最後の絵画を強奪しに行った移動手段が鉄道で、あんまり主要都市から離れられないでしょ?そんなふわっとした帰結」

「理由があってのミュンヘンなのか。おれは報道のナレーションが、物々しく、ドイツ、バイエルンの州都ミュンヘン、ここはシーメンスやBMWの本社が立ち並び、マクドナルドやマイクロソフトの欧州本部のある街だ、なんて読み上げるのを聞いていた。地番までは明らかにはされなかったが、然して街外れとかではない、街中の極々普通な規模の邸宅をアトリエ兼自宅にしているのだそうだ。ただ、この家にいるは今描いている絵に相応しいからで、次に描く絵の為にはスイスのような空気のいいところがいいなんてインタビュアに答えていたから、急いだ方がいいかもしれない」

メイアンは力を得たように強く顎を引いた。…が、そのまま考え込んでしまった。

「…メイアン?」

「ミュンヘン、広いんだ」

「まあ、歴史ある総合都市だもんな、ただ広いだけの村上とは違うだろ」

メイアンは目を上げた。

「…フォルラーニがどこにいるのか、知らないんだ」

「お、おう。成程、フォルラーニのアトリエを探すところから始めなきゃならんとな?」

「早くしないと、ならないのに」

一初は大きく息を吐いた。

「落ち着け。パリで絵の持ち主を探したときはどうしたんだ?」

「霧香が調べ上げてた。もしかしたら壁に飾ったままだからそこから奪って来いと言われるかもと警戒していたんだと思う」

「全部調べ上げてたのか?凄いな」

言われてみれば、全て調べ上げてあったのだから、メイアンを頼る必要などあったのかなと首を傾げかけた。

「どした?」

途中で傾きの止まったのを一初は不思議そうに問う。

「…まー…データ的な部分は、よく調べてあったよ。結局動機とか衝動とか、数値や文字にならないところは…そうだぁ、植物達が教えてくれたんだった」

「植物が?」

「ギギ…黒猫の妹の方はビュシ通りの桐が、兄猫のロロについては窓辺のゼラニウムが見てて街路の菩提樹が教えてくれた。ねぇいっちゃん、ミュンヘンの植物達は教えてくれるだろうか」

あまりに切ない目で見上げられて、胸が詰まるようでいて且つ不思議な可笑しみが一初に込み上げてきてしまい、思わず笑みが零れた。

「…わからないね」

メイアンは項垂れる。

「教えてくんないか…」

「違う。何故植物達がメイアンを邪険にすると思うんだ?」

「誰にだって、好き嫌いや秘したいことがあるだろ」

一初はぷっと吹き出した。朱鷺がそんなリアクションをすると思うと少し変だ。メイアンはむっとしたように眉を寄せる。

「腹を立てるのか?植物達は皆メイアンに好意的で、喜んで情報提供するのに」

「ないないない…」

「薔薇に好かれることを他の植物達が何故刮目しているのか、わかるか」

「えぇ?植物達にとってそれが特異だからじゃないの?」

「特異、それな。植物が特定の者を気に入るのは無いことではない。薔薇…全てのバラ属がおまえを一斉に気に入るってどう思う?」

「え、変でしょそれ。そんなわけない。メイアン家の薔薇園の薔薇達に限ってじゃないの?」

そう言いながらメイアンははっと息を呑んだ。ルイーネ・ファルケンシュタインの麓の農地の傍らに自生していた犬薔薇フントローゼ…ドッグローズ。原種の薔薇。モダン・ハイブリッド・ティー・ローズではない。ヴァールの薔薇でもない…。

「バラ属の全てがおまえに好意的だという特異。植物達はあまり言わないが、バラ属は悉く気位が高い癖に変に謙虚で、だのに横柄。選り好みが激しいのに八方美人願望強くて…二律背反で面倒臭いんだ。それが揃って恭順を示し友好を結ぼうとする。本来つんけんするばかりで好意があっても素直に表せない連中なのに…それらが傅く者ってどんなだ?って、そりゃ気になるだろ?」

一初の言わんとするところは、わかる。だがそれが己を指していると思うと素直に頷けない。

「強情だなぁ。確かに薔薇以外の植物は単に興味本位だけでしかない。けどな、いざ対峙してみると皆大体こう思うんだそうだ。あの変梃な性格の薔薇達が懐くわけだ、ってね。出てきてくれた花精や樹精ってのは大概そういう気持ちなんだよ」

「出てこないのだって、いるんじゃん」

この反駁は不要だったなとメイアンは下唇を噛んだ。

「ははは、どうしてそんなに自分を肯定できないんだ?出てこない精は押し並べて内気シャイなんだよ。話してみたいと葉の蔭で疼々(うずうず)しているのにな」

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