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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、フライシュタート・バイヤン②

ミュンヘンで宿を取ったが、メイアンは部屋割りに大いに不満だった。結局ツインルームを二部屋しか取れず、暖海とグレーゴル、メイアンとプラムという配分になった。プラムとグレーゴルを同室にするわけにもいかない、グレーゴルとメイアン自身がというのは更に真っ平御免だ。なんとも言えない微妙な心持ちだけが蟠りとなって残ってしまった。唯一溜飲が下がったのは、グレーゴルと同室なのが暖海だということだ。何故かグレーゴルは暖海を畏怖して萎縮している。沈黙に耐えられないグレーゴルがICの二時間、よく黙っていたものだと思う。

「メイアン、怒ってる?」

シャワーを浴びて髪をがしがし拭きながらベッドにやってきたメイアンに、プラムがしょんぼりと上目遣いで尋ねた。

「…いいや。プラムにはウルテがかけた術が残っていて近づくとまるで同じ極の磁石を近づけたみたいに反発してしまう、そんな心持ちなの。己の意思なのに儘ならない、作られた感情が嫌なだけ。ははは、照る照る坊主、また飾ってるの?」

プラムはインツィグコフェンで作ったガーランド状の照る照る坊主をベッドの宮に括りつけていた。

「とても効き目があるような気がして…少しでも雨が抑えられたら、いいなって」

「あまり拘らないことだと思うけどね。早く寝るこった」



ベッドに横になろうとして、今村上は何時なんだと気になった。今二十二時過ぎだから、午前五時過ぎだな、と思うと、一初は六時から七時に起床だとしたら二時間程睡眠を削ってしまうことになるのではないだろうかと心配になってきた。あと二時間眠らないでおけば一初の睡眠時間を守れるのではと思ったとき、ぐいと白い空間に引き摺り込まれた。

「…いっちゃん、これよくない筈だよ?」

「メイアンがうだうだしてるからだ。おれは良い子だからな、メイアンに逢うのを見越して八時半には床に就てる」

何故考えていたことがわかるのだとメイアンは口を尖らせた。

「…秘密♪」

「いっちゃん、入ってくると考えてることわかっちゃうんだな?」

「気にしなくていいのに」

「気にするよぉ」

「全てを知ってしまうわけじゃないよ」

「丸裸な気分」

「無理には読み取ってないのになぁ…」

「ここのところいっちゃん凄い大人びてきてる気がする」

一初は嘴がぶんと音を立てそうな勢いで振り返った。

「みっともないとこを見せたからだな!」

「みっともない?どこが?」

「蒸し返したくない」

ぶすりと目を逸らした。メイアンは軽く飾り羽を撫でた。

「凝り固まっていた考えを難なく解いちゃうし…急に女扱いされたのも、ちょっとまだ戸惑ってる。あ、嫌だったんじゃないからね!」

「それは…さ、まあなんつーの?少しでも、ってネット漁ったり本読んだりした。あまりそればっかり強調されるとおれまるで思春期に目覚めたお子さまみたいだから、やめてくれ」

メイアンは頬を少し赤らめたがそこじゃないよと首を振った。

「あまりに近視眼的になってたじゃん?」

「俯瞰してみれば誰でも導ける。三人寄れば文殊の知恵っていうけど、立場や状況の違う者が見ればどこかに抜け穴が見えるもんなんだよ。悩んでるメイアンも可愛かったけどな!」

「可愛くなんかなかったっしょ、もう。気が楽になったの、ちゃんとお礼言ってなかった」

「いいって。それより、今どこにいるんだ?」

「ミュンヘン。バイエルンの州都」

ふうん、と一初は返事をしたがあまり気乗りがしていないようだった。

「今ひとつドイツの地理が具体的じゃなんいんだよな。ドイツそのものも、いざどこだと問われたらちょっと自信無いかも」

メイアンは小首を傾げた。

「イギリスみたいに島国なら間違えようがないし、スペインポルトガルイタリアは半島だ憶え易い。その流れでフランスこの辺〜ってなるよね。ドイツはその流れでフランスの稍右上で接してるって感じかな」

「内陸国ではないんだよな?」

「うん。北海とバルト海に面しているよ。北海側はオランダ、ベルギーと接してる。北海とバルト海の間に突き出たユトランド半島の先の方半分はデンマーク。東側はポーランド、チェコ、南東から南にかけてオーストリア、南西をスイス、その南でフランスと接して、フランス国境よりも北ではルクセンブルクがフランスベルギードイツに囲まれているんだ。これだけ国境線があるから係争地も少なくないんだけれど、押し並べてまあまあ平穏」

「ドイツを囲む国名は決して知らない名前ではないんだが、微妙に関わりの薄い気がする」

フランスは別だが、とつけ加える。

「そぉ?オランダは江戸時代商船が堂々乗りつけられる唯一だったじゃん?」

「確かに」

「南側のオーストリアは細長く伸びてきているから、そこを越えたらイタリアで実際あんまり遠くない。ドイツは本当に色んな意味で交差点だ」

「ポーランドやチェコは、東欧なんだよな。この辺りは一時期鉄のカーテンの向こう側だったからか、今もなぁんとなく情報が少ない」

チェコ。そうだ、もう隣だ。

「かもね。そこから東にはベラルーシ、ウクライナと旧ソ連の構成共和国が始まるもの。その周辺も衛星国としてワルシャワ条約機構に縛られていたからね。でも中へ入れば今はそれなりに普通に人の暮らす場所だよ」

「ウクライナは絶賛戦争中じゃん」

「そこは確かに非日常だけれど、そうじゃなくて、嘗て互いを監視し密告し合い理不尽に拘束されたり拷問されたりなんていう場所ではない、基本的には」

「そこで口籠もっちゃう?」

メイアンは目を伏せた。

「…未だ、ロシアが」

「うん?」

「ロシアだけとは言わないけど…国家レベルで追いかけられてるジャーナリストや社会運動家は少なくない。ドバイのラティファ王女がされたように、執拗に、因業に、節度無く、陰湿に、家族や類縁友人をおびやかして物理的に心理的に追い詰めおびき出す、まだそんなことしてる」

「旧関係国はその度合いが強いって?」

「改善されてることを祈るばかりだ」

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