2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク㊸
ウルム中央駅からミュンヘン中央駅まで二時間だった。
ウルムでメイアンにあったのは三つの選択肢だった。
ひとつ、グレーゴルとプラムをナターリエに預けて自由になる。
ふたつ、プラムだけを連れてゆく。
みっつ、プラムをナターリエに預けてゆく。
後ろ二つはプラムの雨呼びを再開させてしまうし、グレーゴルとプラムをセットにしてナターリエに押しつけるのは無責任且つ悪い予感しかしない。
結局この二人を連れて歩かねばならないのかとうんざりした気分になりながら、余計な会話をでき得る限り圧縮すべく、鉄道を選んだ。並んで座ったとしても、公共の場でなら多少の自制を求められる。
ドイツ鉄道都市間交通略してDBICのシートは快適だったが、メイアンの機嫌は治らなかった。
「…隣、いいかね?」
ボックス席に三人で占めて発車を待っていたところへこんな声がかかった。どうぞと反射的に返答しかけてメイアンはシートにはみ出していた荷物を引き上げる手が止まる。
…日本語。
はっと息を呑んで見上げた先に、穏やかに微笑むリーアム・ニーソンに似た顔があった。
「暖海法師」
「久しぶりだね。レイヴンモッカーが迷惑をかけているようで申し訳ない」
暖海は真っ黒なTシャツをグレーのスーツに合わせていた。
「流石に山伏姿ではICには乗れなんでな」
「格好いいよ、似合う」
席を空けてやり、身を暖海に向ける。
「レイヴンモッカーのことは、まあ仕方ないさ。ディズマルの後始末を寒霏に負っ被せようったって無理なものは無理なんだし。こっちも久しぶりに里帰りもできたってことで、ちゃらだちゃら」
暖海は座りながら相好を崩した。
「寛容だの。そこの兎と黒い獣を同行してる話は聞いた」
「こっちの方が厄介だよ。暖海さんこそ、何故?」
「黒い獣をどうしたものかとな。レイヴンモッカーを止めきれなかった詫びだ」
「そんな態々いいのに…って、いちいち詫びだってやくざな。そんなこと言っているとあっという間に指がなくなっちゃうぞ」
暖海は己の指を握り開いてぶっと笑った。
「ところで暖海法師は遥々メイアンに会いにきてくれたのかな?」
「無論」
しかし言葉に笑いが含まれている。
「なあんだ、ウルテを追いかけてきただけかぁ」
「順序でゆけばそうなるのだがな、メイアンはウルテだけでなくレイヴンモッカー全ての判断を許容してしまったというではないか。ここはひとつレイヴンモッカーを止めきれなかったことは謝らねばなるまいて。が、それも一蹴されてしまったがな」
「あははっ、ナイスシュート❤︎」
「…ま、実際」
暖海はちらりとグレーゴルに目を走らせる。
「兎との間に入ってやらねばなるまいと思ったところよ。逐一腹が立つのでは?」
「まぁね」
メイアンは千円札の夏目漱石ポーズになる。そういえばこのポーズ、最近誰かがやっていたなとふと思った。
「あの…メイアン?知り合いかな?」
グレーゴルは恐る恐る声をかけてきた。暖海はにっと笑みを浮かべる。グレーゴルはびくりと身震いした。暖海は知らん顔だ。
「Ah, das stimmt.」
「Sie werden ihn nicht vorstellen?」
「…だってさ、暖海さん?」
「ドイツ語はわからないのだが?」
暖海はにやにやと返す。
「高飛車だね?」
「メイアンを困らせたのだ、権高にもなる」
「このままだと堂々巡りになっちゃうよ」
「メイアン?いつまで通訳に甘んじる気なのかな?」
メイアンは一度目を瞬いた。そしてふっと口許を緩めた。ウルテを始めとするレイヴンモッカーと話が通じるということは英語には堪能なのだ。ちょっと変なの、と思わず笑えてしまう。
「Gregor, sagt er, ich sollte nicht dein Dolmetscher sein.」
「Ich betrachte dich nicht als Dolmetscher…」
グレーゴルは言葉を詰まらせた。暫しの沈黙が続く間にICは発車した。プラムが不安げな目でグレーゴルを見ている。メイアンはふむ、と鼻で息を吐いた。
「暖海さん、he is Gregol Sauer. Gregor, then you do it yourself.」
グレーゴルは言語が変わったことを訝かったようだが、はっと息を呑んだ。
「メイアンは甘いの」
「待ってるとミュンヘンに着いちゃうからね」
暖海とメイアンは顔を見合わせにしししし、と笑った。グレーゴルは極まり悪そうに眉を寄せている。
「Mr.Dankai…」
「No Mr. needed.」
ぴしゃりと言われて出鼻を挫かれる。面白い。
「I'm al-Miʿrāj. Meilland and I are traveling together from Ulm.」
「Ulm, oh really, hmm?」
暖海は薄い嗤いでウルムよりも前、サン⹀ドニからの縁であることをグレーゴルが意図的に隠したことを暗示した。上手いなと内心称賛する。
「This is Plum, the Jersey Devil.」
「You're the child who stayed with Wurteh. Aren't you going back to North Carolina?」
暖海が水を向ける。はてさて誘い出されたのはプラムかな、寧ろグレーゴルだよな。
「Plum is traveling with us too.」
「I didn't ask you. 」
ほら、またぴしゃりだ。プラムがなんとか声を絞り出す。
「Not yet.」




