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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク㊵

覚悟はしているのか。

「貴女からプラムをどうしたいのか聞いたところでプラムにも意思があるのだし、状況もある。今わかってるのは、でれでれなアルミラージと、それに絆されかかってる性別のないジャージー・デヴィルがいるってことだ。焦点は性別がないってことで、体のつくりとかってんじゃなくて、アルミラージが求める恋人の位置に収まりきれないんじゃないかって危惧してんのよ」

ウルテは不思議そうにメイアンを見上げた。

「それどういう…」

「貴女も性別女で生まれてきたから無頓着でいたと思う。でもプラムには性別がなくて、うん、身体を化けさせれば女の形にはなるよ、それだけじゃ駄目なんじゃないかなあ」

「なんで?」

「性別がないって、なんなんだろ。勿論ジャージー・デヴィルを想像したTVクルーがそういうのを盛り込まなかっただけかも知んないけど、その後己を持った後も維持し続けてしまったのはどちらにもなりたくないとか、なってはならないとか、そんな心の中の縛りがある気がするんだよ」

「縛り…待て、待ちなさいよメイアン、私プラムにそんな制約させてないわよっ」

「貴女がそうしただなんて一言も言ってない。問題は心の中なんだ、プラムが自分で育てたんだ。貴女、プラムを手放すのを態と棄てるなんて言い方するけど、プラムを自由にさせてやるのは吝かじゃないんだね?」

「私は拾ってきただけ。将に保護者、保護してただけよ」

「共に暮らしていれば情も沸くでしょうよ。いいよ、洗い浚い吐けとは言わないさ。心持ちなんて言葉にするのは難しい。プラムになんか魔法かけてあるのは、なに?」

「近寄ると拒絶したくなるあれ?多少安全になるようにってまじなったけど、あれは元々プラムが持ってる人見知りでしかないのよ。アルミラージがでれでれしてるのはその人見知りをプラム自身が解いてきてるんでしょう」

ウルテは危害を加えられぬようにとだけかけて、その手段や方法はプラム自身が組み立て発動しているということなのか。

「だから、アルミラージに預けちゃおうかなって思ったの」

「そう。でもプラムは未だアルミラージの恋人にはなれないよ」

「そんなっ、何故、未だってなに」

「落ち着きなって。プラムもグレーゴルに好意を持っているのは今日一日中晴れてたからわかってるよ。でもプラムの好意はグレーゴルが欲しくなるような、他のひとには譲れないような、そういう好意なのかな?」

「近所の優しいお兄ちゃん止まりなの?」

「そこがプラムが女じゃない部分なんじゃないかな。あー、説明し難いなあ、雄とか雌とかじゃないんだよ。ウルテにもそういう情念みたいの、宿ったことなかった?」

ウルテは少しだけ頰を染めたがまたぷいと横を向いてしまった。

「…つまりプラムは未だ子供ってことね」

「それはどうだろ。少なくとも恋多きアルミラージには応えられないね」

「ぐぬぬアルミラージめ…」

「っていうかさ、アルミラージと乙女の伝説って、魔力とかそういうんじゃなくて…ね?要は甘ったれなんだよ。懐かれていい顔しない人はいない。甘えられたら優しくしたくなる。互いに籠絡され合うのさ」

「なんだよそれ」

ウルテが呟く。

「なんだよって言われてもなぁ。人の心ってのは大概そういうものさ」

「大概って大概って、なんだよプラム!廉い女だな!」

「しぃっ!静かにしてよウルテ」

メイアンはウルテの口を掌で塞ぐ。

「放せメイアン。騒がないから。明日はどこへ行くつもりなの?」

「まだ決めてない。ウルムに戻って、ミュンヘンに用がある」

「ウルテはほうっと息を吐いた。

「…悪かったわ、メイアンには余計なお荷物を持たせた」

「なんだなんだ?やけに殊勝じゃん。それともなにかい、なんかさせたいことがあるのかな?」

ウルテは首を振った。

「イニスのこともプラムのことも、背負わせなくてもいいことを背負わせてしまった。これ以上を負わせるなんて、あってはならないこと」

「そうかい?いっぱい貸し作っておくのも悪くない気がしてきたな、あはっ」

ウルテは立ち上がると窓を開いて振り返る。

「今日のところはプラムを連れ帰れない。邪魔だとは思うけど、暫く預かって」

「はははっ、今引き離されたら傷心のグレーゴルを慰めなきゃならなくなる。そんなの嫌だよ」

頷きながらウルテは渡鴉の姿に変じ、窓から飛び立っていった。真っ暗な夜空に鴉の姿は忽ち見えなくなる。窓を閉めながらメイアンは溜息を吐いていた。



窓を施錠してばったりとシーツの上に倒れ込む。このまま一初が待ち構えていたらいいのにと思う反面、忠遠にウルテが現れたことを伝えなくてはとパイクを通じて呼びかけようとして、もう億劫で気乗りがせず横になったままスマホを手繰り寄せ、最低限の文字数で要件だけ伝えて放り投げた。

もう無理、と瞼を閉じる。

ここ連日一初が待ち構えていて有無を言わさず夢の中へ連れ込まれていたから、少し忘れていたのかもしれない。一初にも都合があって、メイアンが逢いたいと願ったからとてその希望が全て通るとは限らないのだ…。

気がつくと周辺が真っ白い。

「なんでこんなに消耗してるんだ?」

「ちょっくら、山登りしたからかな」

一初はつかつかとメイアンの周りを検分するかのようにぐるぐると歩き回る。半身を起こしたメイアンは回る一初を目で追う。

「体力的な消耗だけじゃないぞおまえ。全くもう、誰の為にこんなに擦り減らしてるんだよう」

「そんなの、自分の為にに決まってるじゃん。早く村上に行きたい、後腐れなく行きたいから、頑張ってんの」

「それ免罪符にならないんだぞ」

「言いがかりだよぉ…」

「無理するなって言ってんの」

「ごめん…でも昨日いっちゃんでいっぱいにしてもらったから…って、いっちゃんは大丈夫だった?」

一初は嘴をぐるりと回して横を向いた。

「…大惨事だった」

「えっ、なにそれ、今大丈夫なの?」

「こっ…これは言わせないでくれ…兄さん達に隠れて洗濯したのなんて、初めてなんだ」

段々と声が小さくなる。

「洗濯?」

一初は被せ気味に遮った。

「おれのことはいいのっ。メイアン。おまえおれと離れていると消耗激しくなるだろ、そういう不安定を抱えてるんだ。ぶっ倒れるんじゃないかってはらはらし通しだよ」

「そんなに、危うい?」

「無理をしなけりゃ一週間くらい離れていたって平気だろう。今日の消耗は大きいけど、それでもあと二日はつ。毎日なのは、おれがメイアンに逢いたいからだ」

極力平静を保とうとしながら喋るも照れがどうしても乗ってしまう一初にメイアンはつい笑いが込み上げてきてしまう。

「へへっ。逢いたいって言ってくれるんだ♡んふ、いっちゃんの声を毎日聞けて嬉しい。昨日みたいなのは…」

「嫌だったか?」

横に首を振って耳打ちする。

「凄く悦くて、…その、困る」

「困る?」

「翌朝…今朝もうなにもしたくなくなる」

「それは確かに困るな」

「それに、目が覚めるといっちゃんいないのは、虚しい。これも困る…」

「虚しいか」

「どんなにいっちゃんの声がこのメイアンを奮わせるのか伝えたいのに、いない。益々好きなるのに、それも言えない。丸一日置いたら新鮮味も信憑性も失われちゃう…想いは直ぐ伝えたいものだよね、そうだよね」

「ん?どした?」

「うん。さっきウルテが訪ねてきたの」

「行方知れずになっていたレイヴンモッカー?」

「うん。ウルテがね、グレーゴルのことをでれでれしてるって言うの。好きだって直ぐ伝えたいし、その隙を窺ってずっと見詰めていたら心も浮き立つよね。そりゃでれでれにもなるなって」

「でれでれか、気をつけよう」

「でもそうやって自分に緩んでいるのを見たら、ガードの固いプラムだって緩んじゃうよね。熟恋って一人じゃできないものだよね」

一初はメイアンを見上げた。

「なあ」

「ん?」

「アルミラージとジャージー・デヴィルの間にある友好の感情は、本当に、恋か?」

「えぇ?違うの?」

さてね、と一初は首を傾げながら軽く振った。

「昨日学校行ってる間考えたんだよ。人が真剣に考えてるのに、例のとーびちゃーんってやってくる、五十嵐いからし奏太ってんだけど、そいつがぐるぐるぐるぐる纏わりついてさ。そしたら案の定父親が転勤持ちかけられて辞める辞めないで家の中不安定になってるもんだからおれに波及してきてたんだな。おとうさんがおとうさんでおとうさんのおとうさんはってあまり言うものだから、メイアンと立てた作戦通り、…あ、転勤っていうか、出向らしい、これ必ず帰れるやつじゃん?だからかなり確信持って言えたんだ、二年後に戻れるのになに騒いでるんだ?ってね。そしたらぱーっと霧が晴れたような気がした」

「…いっちゃん?」

「ジャージー・デヴィルの持っている慕情の正体は、父親に対するものなのかも?ってさ」

「へ?」

「アルミラージも、女に向ける感情じゃなくて、娘…いや、まだ海のものとも山のものとも判然としない子供、幼子に向ける保護欲の強い気持ちなんじゃないのかってさ。ジャージー・デヴィルはずっとレイヴンモッカーと暮らしていたんだろう?そこに頼れる父親像は無かったんじゃないか?惚れっぽいアルミラージが子育てしてたことなんてあるのか?そういうのが合致して、互いに凭れ合っているような気がしてきたんだ」

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