2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク㊴
「ウルテ、そろそろ腹を割って話そうや。一体誰がどう動いてたの?」
ウルテは腕を解いて肘を膝に立て頬杖にした。必然的に前屈みに、そして身を乗り出したようになる。
「いいわ。私も今度のことは全面的に賛成なんじゃないもの。メイアンにメイジー・イニスの目付役を振ったのは、アメリカのレイヴンモッカーだよ。ディズマルで引鉄を引いた譴責だってことで」
「おいおい、誰と雇用関係にあるってんだ?」
「うん。メイアンは売られた喧嘩を潰しただけだと私も思う。だからレイヴンモッカーが処分や制裁を加える道理なんてどこにもない。ただ偶々グレイシャ計画が気づいた仙の一個体だった、それだけ。寧ろメイアンだったからグレイシャ計画に捕えられて被検体になっちゃうなんて危険を回避できたのだと私は思う。だから本当は責任を被せるのではなくて、貴女に多大に感謝すべきなのよ」
「そりゃどうも。ウルテ個人としては賛同してないけどもレイヴンモッカーとして責任取れってサン⹀トゥアンまで行かせたってことね。イニスに帯同してサリンを取り敢えず多少空気中に拡散させてしまったけれど多分殆ど中和できた筈、これでレイヴンモッカーの目論見通り?」
「私がそうであるように、全部が全部同じ意向を持っていたわけじゃない。精算された、イーヴンになった、もうこれでいいじゃない、それでもう押せばいい」
「なんでウルテが来たの?」
ウルテは肩を竦めた。
「最も間近で貴女を見てたのは私だ。それに、メイアン全責任論の他のレイヴンモッカーに任せたら、メイアンの負担は益々重くなる。言ったでしょ、もうこれでいいじゃない、って」
ウルテは出来うる限りメイアンの負荷が軽くする役を負って自ら引き受けたようだ。プラムが優しい女と言うわけだ。ここでありがとうと述べたところでウルテは鼻を鳴らすだけだろう。素直じゃないねと苦笑いした。
「D'accord. フランスに来てからサン⹀トゥアンまでのあれこれは、誰の仕業なの?」
「知らないわよ」
ウルテは頬杖を突いてぷいと横を向いた。
「言ったでしょ、こっちの仙が動いていたんだって。魑魅魍魎がうようよしてて、誰がどうなんて、私把握してないもの」
グレーゴルも国内情報中央局に入り込んでいる仙がいるということだけしか掴んでおらず、これ以上のことは引き出せなかった。
「それともそいつを特定して、抗議でもするの?」
ウルテはにや、と目だけで笑う。…多分これはそんなことはすべきでないと眉を立てたいのを押し隠した笑みだ。
「…いいや」
一初も変な縁を繋ぐなと警鐘を鳴らしていた。
「これ以上のことは、もういいよ。レイヴンモッカーがさせたいことはもう終わったようだし、サン⹀トゥアンのことにはもう関わりたくない」
メイアンは顔の前で掌を開き、なにかを払い去るように横へ動かした。また勝手に使われるのだけは勘弁だ。
「さてウルテ。貴女にはまだ訊かなきゃなんないことがある」
「プラムのこと?」
「それはまだ後回しだ。貴女は四条の邸に来たとき、本来なら暖海法師と共に来る筈だった。だのになんで暖海さんを出し抜いて、直接忠遠の庭に降りたの?忠遠なら侵入そのものを弾く障壁を張ることだってできたんだぜ?」
そのこと、とウルテは気怠げに椅子の背凭れに千円札の夏目漱石のポーズで身を投げた。
「暖海はレイヴンモッカーとの窓口になってくれていてね…八咫烏達と諍いにならないよう折衝してくれたり、そうね、色々と忙しいのよ」
鴉には鴉の縄張りがあるらしい。
「それは理由になんないね。暖海さんは貴女を待ってた」
「んもう、これで騙されてよ…」
「イニスの行程が進んでしまっていて、悠長なことはできなかった?それも理由にはできないぞ。忠遠んところでゆっくりできてたんだから。暖海さんも結局駆けつけては来なかった、それが最大の理由かな」
「まあ、そうね。暖海はレイヴンモッカーの決定を全面的に肯定できなかったし、私もそうだった。顔を合わせれば先ずレイヴンモッカーの方針の撤回を求めてきただろうし、暖海のところに留め置かれるのは貴女とあの邸で雨を眺めていたより長くかかったと思うわ…暖海は貴女の味方だし」
そうなのか、とメイアンは内心目を丸くした。暖海とは数時間亥の入道の店張々湖に共にいただけで、スターリングを迎え撃ったのを暖海は見ていただけだった。それでも暖海はメイアンを好意的に捉えてくれたのか。
「貴女と早く言葉を交わしてみたかったのも、ある。嘘じゃないわ。仙なのに仙じゃなく、人から離れてしまっているのに人であろうとしてた。随分仙みたいだけど仙じゃないのかしらって首を捻ったものよ。残念ね、もう貴女ディズマルには来ないのでしょう?」
そう言うウルテは本当に機会を惜しんでいるように見えた。
「ディズマルにはもう行かないだろうが、貴女に会いたくないわけじゃない。終わったらちゃんと暖海さんに謝って、理解してもらえたら遊びに来ればいい。嫌な女だなんて思ってないから」
メイアンはこのとき初めてウルテが可愛らしく笑ったと思った。ウルテはウルテなりに緊張の糸を張り詰め、言質を取られぬよう皮肉げな笑みで押し隠していたのだろう。
だがそれもものの数秒で曇ってしまった。
「暖海のことの次は、プラムでしょう?」




