2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク㊱
「そりゃメイアン、首を突っ込む方が野暮天ってもんだろ」
メイアンがベッドで目を閉じるのを待ち構えていたらしい一初は迷いなくそう言った。
「そいつらの感情が恋なのか同情なのか疑似兄妹なのか知らんが、それを自覚して伝え合って育ててゆくのは当人達だ。横合いから手出し、要る?」
「…老婆心が過ぎてました…」
がっくりと肩を落とすメイアンは続けて呟く。
「嫌だね…己の助言や手助けこそが最良の結末へ導けると思い込むだなんて」
「はははっ、近所のお節介おばちゃんみたいだってか。彼女らはきっと半世紀近く生きて経験値が溜まったと、それを活用したいと願ってるんだろうさ。放置だ、放置。面白可笑しく見守ればいい」
「ううう…いっちゃんの言い方酷いのに、とっても正しい…わかってる、プラムとグレーゴルの成り行きでいいんじゃん、そうしたいんだよ!けどさ」
「それじゃ駄目だって反対する自分がいる?」
メイアンは大きく首を横に振った。
「うーん、違うんだ。なんか、なんていうか、手出ししたくて堪らない自分を抑え切れない気がしてならない」
これには一初は到頭朱鷺にあるまじき体勢で腹を抱えて笑い始めた。そう将に笑い転げるといった風情だ。
「もう…」
「メイアン、そこはぐっと我慢するしかないな。精々馬に蹴られないようにな」
メイアンは唸りながら何度も頷く。
「明日さあ、グレーゴルはインツィグコフェンの魔橋へプラムを連れて行くつもりらしい…三人で行こうってことになってるけれど、…これのこのこついて行ったら、只のお邪魔虫だよな?」
約束したのはグレーゴルがまだプラムに情を寄せる前だからメイアンに対してそんな意図など全く無いのだが、見詰め合う二人と共に行動したらば確かにお呼びでないこと甚しい。
「まあ、本人達が二人きりになりたいんなら、そりゃ場違いだよ。けど、そんなに速攻燃え上がるもんか?」
「自分が例外だったみたいにぃ〰︎」
一初は長い息を吐く。
「…むぅ…おれ、かぁ…それを引き合いに出されてしまうとなぁ…ううむ…」
「二人っきりっていいなって思ったよ。水を差す外野の野次も無い。盛り上がったところに冷や水を浴びせることもなければ、冷静になろうと努めているときに変に焚きつけることもない。外聞を気にしないでいられるから、素直になれる。龗の二人には感謝したね」
人の姿なら首筋をぼりぼりと掻きそうな一初も同意を示した。
「他人目を忍ぶ必要がなくなるんだもんな。早く伝えて、身の振り方を決めてしまいたかったから、焦りがあったよ」
「身の振り方?」
「メイアンはおれと陰陽がぎっちり噛み合うから先ずふられることはないだろうと踏んで、おれを男として…伍伴として儷んでくれるだろうか…おれとおまえの間のなにをどれくらい埋めなきゃならないか、戦略を立てなきゃならなかろ」
「えっえ〜?戦略ぅ?」
なんだそれがっかり、と呟くと、一初は嘴の先で額を小突いた。
「メイアンがおれの策略通りにならなかったのは言うまでもない。逆におれの方がおまえに夢中だ。なにもかも放り出していつも駆け寄りたい。それを押し留めたのはおまえだろ。それが逆に反作用になって余計に募ってしまったのはおまえの計略の裡か、メイアン?」
「えっ、そんなことしてないよう」
「ははっ、そういうこと。明確でも具体的でもない好意を伝えたら、新しい扉が開かれる。そこをおれが手を引くのか、おまえなのか、ただ雪崩れ込むのかくらいもやもやするもんだろ」
言葉にすると硬く嫌らしいが、恋を進めてゆくということはそういうことだなとメイアンは破顔した。言葉にするのが難しい心の裡を丁寧に説明してくれる一初に心底震える。縋りつきたいのはこっちの方だよとそれこそ心の裡に折り畳みながら言った。
「…だとすると、今現在グレーゴルは、メイアンをどうやって捲いてデートとして成功させようか悶々としてるんだろうか」
「あっはは、知るかよ。アルミラージがどこまでそれを恋だと自覚してるかねぇ。メイアンの言う通りになっているとしたら面白いけどさ。それよりもアルミラージはもっと悶々としなきゃなんないことがある」
「えっ、なぁに?」
「ここからは仮定だ。アルミラージはジャージー・デヴィルに恋をしているとする。大概は対象が己に好意的であるからこその好意募っての恋なんだと思うが、アルミラージに好意的なジャージー・デヴィルの本当のところってどうなんだ?互いの関係性を円滑にする為の好意を見せているだけなのか、優しくしてくれるアルミラージに絆されているのか?」
「あ」
「互いに仙だからって、陰陽が噛み合う関係だけで恋をするものでもない。寧ろそれとこれとは別ですらある。片恋なのか、惹かれ合っているのか。アルミラージ自身が恋と認めているのか、ジャージー・デヴィルはどうなんだ?そしておれがこれを仮定だとしたのは、本当にアルミラージは恋に落ちたのか、残念ながら判別できないからさ」
「…そうだね、事実そうでも、自覚できないことだって間々ある」
一初はぴょいとひと跳ねしてメイアンに寄ると、翼を広げて抱き締めるようにメイアンを覆った。
「全くメイアンは優しいな。そんな優しさ、他所の男にまで発揮するなよ」
「優しくなんか、してないよ」
メイアンは一初にふんわりと腕を回して顔を埋めた。
「グレーゴルがどうなるかなんか、本当のところどうでもいい。プラムの幸不幸だって、そう。でもプラムが落ち込むとまた無駄な雨が降る…そしたら張り切ってくれた犬薔薇が可哀想だ。崖と共に崩れたっていいって言うけど、晴れやかに健やかに、笑うように花を咲かせてほしいんだ」
「巡り巡って全てに優しくしてしまっているじゃないか。眩いね」
また耳許で囁かれてメイアンは身を竦める。つい腕にも力が入り、一初を抱き締めていた。
「…あ…ぅ、いっちゃん…駄目ぇ、それ…」
「ははは、メイアンがおれの声で色っぽくなってる。嬉しいな」
「やぁっ…ん…態とでしょう馬鹿…」
「ああ。ふふふ、かなり腰にきてるな?おれでそうなるんだ…」
ついぎゅっと目を瞑ると、人の姿の一初に抱き締められているような気がしてきて、メイアンは身体の奥が潤むのを感じた。
「いっちゃんえっち…」
「うん。そうやって村上へ、おれの許へ来たくて堪らなくなれ。おれがどれだけ心待ちにしているのか、思い知れ」
「意地悪…」
「上等。あぁメイアン可愛いな」
一初はメイアンの耳朶を嘴で軽く挟んだ。弾力を確かめるように軽く食む。つい舌が膚を掠った。
「ひゃう!」
びんっ、とメイアンの背が電撃でも走ったかのように伸びる。ぴく、ぴく、と小刻みに身体が揺れている。一初は舌で耳朶を軽く押し遣るように動かした。人の舌だったらば将に舐め上げるように。
「ひっ…ひあっ…い、いっちゃん、な、なにしてるっ、のっ…」
メイアンの声に余裕がない。震えて、上擦っている。そんなところが更に一初に火を点けた。
「メイアンをな、味わってる。安心するといい、耳しか、しない」
そう言うや、舌先を耳の中へ滑り込ませた。我ながら器用なことができたものだと小さな感嘆を持ったとき、メイアンが先程より大きく痙攣し、全身が一気に強張った。崩してへたり込んでいた膝にも力が入り、軽く腰が浮いている。己の身体の状態を危惧していたのか、一初の羽毛を毟ってしまわぬよう両手共拳を握っている。強張っているのに、腹だけが…否、その少し下が、小さく前後に揺れて何度も小刻みに一初に押しつけられていた。
「あ…う…ふ…ぅん…ぅうん、は…ぅ…ぁん…いっちゃん…いっちゃん…」
メイアンの身体が熱い。ぎゅっときつく目を閉じて、なにかに耐えている。
「…メイアン」
囁くと、メイアンはまた震える。震えというより痙攣だな、と一初は吐息で笑うとまたびくびくと動いてしまう。
「も…う、やめて…」
「達したか、メイアン…罔象」
「あうっ…も、もう、あうっ、辛いっ、あふ」
「もっといけよ。目が覚めたら、虚しくなるくらいに」
態と囁く。更に暫く全身に力が入っていたが、軈てずるずると崩れ落ちた。
「…支えられなくて、…すまない」
「謝るとこ…違うでしょ…」
襤褸布のように投げ出された身は怠いのか起き上がろうともしない。一初は顔を近づけて擦り寄せた。
「…弄ばれた」
怠そうな中メイアンはそれでも笑った。
「いっちゃんの馬鹿。えっちい。エロ朱鷺」
「悦かったか?」
「油断してた。その翼と嘴でなにもできないだろうと嵩を括ったのがいけなかった。腰が外れそう…いっちゃんの声には毒がある」
「ふ。メイアンにしか効かないさ。ああ、メイアンおまえ、なんかくらくらする。そんなに悦かったか…おれを惑わすな…」
一初はふらついてしゃがみ込んだ。しかしメイアンは駆け寄るどころか起き上がれすらできなかった。
「いっちゃん…?」
「あは、夢だからかな、メイアンから多分フェロモンみたいなのが出ておれ多分それに酔った。現実の身体の方は大惨事かもしれない。ははっ、次にはちゃんと話すよ。こんな幕切れですまない…」




