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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク㉟

ガリレオやダーウィンを差し置いてセンメルヴェイスなのか、と思いながら食事に戻る。プラムはグレーゴルの丁寧なお喋りにかなり打ち解けているようだ。気づかれぬよう目だけ窓に走らせる…雨はかなり弱くなった気がする。インツィグコフェンにプラムとグレーゴルを残し行ったファルケンシュタインはかなり雨が弱まっていた。きちんと計測したわけではないが、と誰に言うでもなく前置きして思う…そう、ファルケンシュタインへ向かっていたとき通りかかったインツィグコフェンの雨くらいだったと…DS3を降りて防御陣を張らず空を見上げてみた。全て自分目がけて落ちてきているように感じるのに、目に映る雨粒は己を避けてくるように見える。日が暮れかけて白かった雲が暮れ泥んでいる。

「濡れるよ。傘を忘れたの?」

農場の柵の上から声がした。見上げると、白い小花の集散花序の上に薄羽をつけた小さな花精が両肘を立て頰を抱え腹這いにこちらを見ていた。

「…接骨木(ホルンダー)

「いいよう、貴女にはSureau(シュロー)かElderでしょ」

接骨木にわとこ

「へえ、日本語」

「この雨は辛いでしょう」

「あの黒い子を連れて行ってくれたから、明日には上がるわ」

メイアンは雨への防御陣を張り、体全体に乾燥を施す。

犬薔薇フントローゼが頼ってほしいって言ってたわよ〜」

「頼みたいことなんて、無いよ」

「その車の持ち主…若さまの様子は気にならないの?」

「ならなくはないが、若さま自身が頼ってこないのだからまだいいのだろう…便りが無いのが良い知らせ」

「そうなんでしょうけどぉ。貴女が薔薇の若さまを見守っているってことになって、どれだけ薔薇達がそわついているか、知っていて?」

だから園芸品種ではなく原種の犬薔薇なのか。

「それから、頼んでくれたら、緩んだ地盤に皆んなで踏ん張らせるのにって」

「…駄目。地滑りするんだよ、巻き込まれたりしたら」

接骨木の精は畳みかけるように言った。

「その地滑りを防いであげるって。ごめんね接骨木(私達)は根が浅いから、あまり力になれなくて。でも貴女がそう言うなら協力するつもり」

メイアンは首を振った。

「危ない。巻き込めない」

「そうかしら。寧ろ強く号令してくれたら、ただ漫然と崩れてゆくのを回避する確率を上げられるのではないかしら」

花の精から確率なとどいう語を聞くとは思わなんだとメイアンは苦笑いした。

「犬薔薇は、近くにいる?」

「その角の先。ねえメイアン、雨の季節だから助けてあげられるの」

「どういうこと?」

「水が多いから、分裂した細胞が一気に大きくなれる。一気に根が伸びる。また水を吸い上げる。そうやって土を掴んで乾かす、そういう時期なの」

それが植物達の生き方だ。

「好機だと?」

「やる気がでる、って感じかなっ」

メイアンは接骨木の幹に手を当てて見上げた。

「ヴァールの庭にも植えてあって、花にも実にもお世話になってる。…村上にも植えようかな」

「うふふっ、ロスカスターニエに妬かれそう〜でもピンクがいいのよね?ダークリーフのが、ピンクの花をつけるわ」

「ヴァールのも、そのダークリーフだ。そうだね、依怙贔屓はいけないな、原則ピンクは守らないと。ありがとう、接骨木。こっちもやる気がでた」

ひと区画先の犬薔薇に無理はしなくていいからと念を押してできる限り強く根を張ってほしいと頼んできた。受けた犬薔薇は嬉しそうだったが、メイアンとしては複雑だった。犬薔薇はそれを見越していたのか、くすくす笑う。馬鹿ね、と額を小突かれた。仮に崩れて土と共に落ちたとしても植物なのだ、と。土を被った枝から仮根が出て、そこからまた根を張ることができる…その性質を利用して取り木や挿し木で株を増やしてきたでしょう?と。植物にとって己が根を下ろした場所が常に安寧であるとは信じていないらしい。寧ろ刻々と変化する地形に柔軟に適応して、そこでの繁栄を終えたら次の場所へと臨もうとする逞しさを見た気がした。

…プラムも、ジャージー・デヴィルだからってアメリカに囚われている必要は、無いのかもな。

抑もうジャージー州を離れノースカロライナにいるんじゃん、とDS3に乗り込みながら口の端を歪めた。

それではグレーゴルにプラムを押しつけますよというのはお門違いな気がするんだよなと思う反面、ウルテの呪いで遁走したくなる筈のグレーゴルがプラムに饒舌に話している。グレーゴルは沈黙が余り得意ではないようではあるが、それでも、なのかそれを差し置いてでも、なのかは不明だが、よく語りかけ、反応を見、返答を待って、更に話を転がしてゆく。一見単に和やかに見えるだけの会話だが、ウルテの呪いがあるということを考慮すると…とここまでグレーゴルに任せきりにしてメイアンはその会話を放っておいているという事実が一気に現実味に色を乗せる。メイアン自身、本能的にプラムに関わらないようにしてしまって会話に最低限しか加わらない。気にかかることや必要事項はプラムにとて繰り出すが、どうしてもグレーゴルとの会話に偏りがちだ。

…面倒から逃げようとしているんだな。

己の心境をつい嘲笑った。メイアンでさえ億劫なのに、小心な野兎の性質がどうしても抜けないグレーゴルがあんなにプラムに乗り気なのは、誰だってこう解釈するだろう。

グレーゴルは恋しかかっているんじゃないの?って。

メイアンはグレーゴルの心理状態を後押しする気も妨害する気も起きなかった。どちらにしたって面倒であることに変わりはない。なにせ相手はジャージー・デヴィルのプラムなのだ。

微笑ましいとは、思う。二者が通じ合うなら祝福したい。だが果たしてそれは本当に互いに恋情であるのか、このまま邁進させてよいものなのか…プラムがグレーゴルの熱意をどう捉えているのかよく読み取れないが、ファルケンシュタインから連れ出した当初よりは打ち解けていると見受けられる。

窓へまた目を走らせる…雨がかなり弱まっている。

…誰か、誰か、この答えをくれないだろうか。

そう思いながらメイアンはグラスに残った白ワインを呷って干した。

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