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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、ラント・バーデン⹀ヴュルテンベルク⑯

グレーゴルは遣る瀬無さそうに肩を落としながら息を吐いた。

「結局サリン撒かれたと発表するわけにもいかない、被害者も実質いない。後々つっつき回らせないように目撃者にされただけ」

メイアンも中和しながらイニスを追い回す必要も無かったということだ。

「…グレーゴルもメイアンも国内情報中央局(DCRI)に入り込んでる誰かもいなかったら、メイジー・イニスがグレイシャ計画のハーバーに乗せられてまだ住民の残るおん襤褸アパートに毒ガスを撒いて本人諸共症状の重軽の差こそあれ中毒になって全員退去せざるを得なくなっていたんだろうな」

「メイアンはレイヴンモッカーに連れてこられてガスの拡散を限りなく最小にした」

国内情報中央局(DCRI)の誰かが全被害を防いだじゃん」

「どちらかが保険だったんだ。或いは、こっちの渡鴉とレイヴンモッカーとが連携してしなかった」

そちらの方がある話だなとメイアンは思う。

国内情報中央局(DCRI)の誰ぞが暗躍してなかったら、多少の中毒者が住民から出て、グレーゴルは記事を書いてたんだろう。今回はグレイシャ計画の全面敗北ってことだ」

三重に保険がかかっていたとするなら、かなりの紛紜だったのであり、こちら側は相当な備えをして臨んだということになる。…グレイシャ側はこのような反撃に遭うとは想定外だったに違いない。

こっちの仙なるはかなり人間社会に食い込んでいるらしい…ロロだってエロワ・ベルジェールとして産業界に入り込んでいたのだから、然もありなんというところか。

メイアンはがりがりと後頭部を掻いた。

「いいように使われたのは腹立たしいが、結果オーライとしよう。次が無いことを祈りたい」

グレーゴルは首を振った。

「無理だろうなぁ…今回のこれで、メイアンは便利に使われてくれる、とはっきり認識された」

「うう〰︎やっぱりぃ?嬉々として使われてやったんじゃないんだぜぇ〰︎嫌な役回りだった、こんな役目はもう御免だ」

だがそれを誰に訴えたらいい?姿の見えない誰かの恣意でメイアンは踊らされてしまう。全く以って不本意だ。今回のように誰にも害が及ばぬよう手を回す一助を為したのならそれなりに納得はするが、独善が向かう方向を一ミリ一度間違えたらば、メイアンもその悪いシナリオで動かされてしまう。

ぞっとする。

「後味悪い結末だったよな。あぁ、アメリカ女がどうのとかは関係ない」

イニスはどうやらまだ生きているのだなとメイアンは思う。グレーゴルの言い回しからするに、死んだならはっきり死んだと言いそうだ。ぎりぎり生死の際…だとしたら、余計な情報の流出防止にグレイシャ計画がイニスの息の根を止めにいずれ来る。そうそれは大してそう遠くない未来に、将に今かもしれない。廉い想像が走る…ハーバーが白衣を纏って医療施設内を闊歩し生命維持装置を止める…看護師のようなスタッフに扮して点滴になにかを混入する、いや、敢えて異なる点滴に定時作業として行い義務的に空容器を処分する…清掃スタッフとして入り込んで一瞬でイニスを葬ることだってできそうだ。国家レベルの事業の一角なのだ、移送が自動的に決まって衰弱させるとか、そんな非能動的な手順を踏むかもしれない。

「情報をくれた渡鴉からは、辿れないの?」

「…ウォーターフォールモデルを遡る難しさを語ればいいのかい?」

メイアンは肩を竦めた。

「つまんないことを言ったよ」

カップを干し、立ち上がる。

「午後まで休む。二時に昨日のロスカスターニエの橋で」

グレーゴルはもう一泊するのかよ、と呆気に取られたようにメイアンの背中を見送った。



休むとは言ったが、睡眠が必要なのではない。眠ってしまうとどのようにしてなのかわからないが一初がそれを嗅ぎつけて短時間でも渡ってこようとしてしまう。一初に逢えるのは堪らなく嬉しいが、彼の生活の時間を削いでしまう気がして引け目を覚える。時差の存在を恨めしく思いながらメイアンは雨雲の動きの記録を探し出した。確かに一週間程前から雨がシュヴァルツヴァルト一帯で降り続いている。

雨の強さと雨雲の動きを逐次的に追って、今日までのデータで終わる。降り始めこそ雲が流れ込んでくる様相が見て取れたが、以後まるでシュヴァルツヴァルトで発生しては降雨しているかのようである。

何度見返しても雲が流れ込んでくる、雲が居座っては発達し雨を降らせている…ようにしか見えなかった。

携帯が唸る。

>グレーゴル・ザウアーが、今回のアルミラージなのか?

グレーゴルについて熊と菫は一初を頼ったのであった。これだけの材料で一初はここまで読み解いてしまう。

>そうだよ。

>そのアルミラージは、千年クラスだ、気をつけろ。

成程、大空位時代とか言い出したわけだ。

>忠遠と同じくらい?

>四条さまはもっとだ。

そうなのか。

>魔法的な使い手ってこと?

一初は暫し返事を躊躇うように返してこなかったが、軈て一文を送信してきた。

>個人的なスキルについては資料にない。だが舊くから存えている。

数多起きては終息する紛擾を目の当たりにしながらも巻き込まれずに切り抜けてきて、今こうして存在しているのがその証左ということなのだろう。

彼は渡鴉と情報を共有する部分があって、ともするといいように使われている節がある。それを文字にしようとしてメイアンは礑と手を止めた。

…駄目だ。これを伝えると、メイアンも同じく使われたと明らかになる。

スマホを持つ手が戦慄いてきていた。

>ぶっちゃけてしまえば、メイアンが巻き込まれていること全てから手を引かせたいが、

一初は一旦ここで文章を途切れさせた。次の文が直ぐには表示されない。長いのか、送信を躊躇っているのだろうか。

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