2023年3月、京都⑰
暖海と呼ばれた山伏は護摩刀こそ持ち合わせていなかったが、錫杖を持ち、梵天のついた結袈裟に鈴懸と百衣、括袴に脚半、八つ目草鞋。頭に頭布、手には手甲。法螺貝に螺緒、走索。尻に当てている引敷は熊の毛皮のようだ。
「四条のがな、ここにおるとな。ほうほうほう、目が鶯色だ。映えるの」
山伏の癖に嫌に今時な言葉を使うじゃないか、とメイアンは苦笑いした。
「メイアンと呼んでくれるといい。貴方は暖海さん?」
「ふむ、折角だから暖海法師と呼んでもらおう。性が法螺貝なものでな」
法螺貝。法螺貝ってなんだっけ。その法師と呼べと言った山伏が首から提げている物のことか。法螺貝ってモノじゃん。モノも化けると忠遠は言っていた。つまりこの山伏は法螺貝が化けた仙だ、ということ…。あれだけ名を明かすを渋っていた久我であったのに、この暖海なるは躊躇もなく名乗った。名前になんの縛りも無いということか…。
メイアンはここまでを0.5秒あるかないかの間に噫にも出さずに考えた。ならば、こちらも相応に、気安い態度を貫くべきだ。
「へぇ、貴方法螺貝なの。って本体に言及してくれたの、貴方が初めてだよ、リーアム・ニーソン似の山伏さん」
暖海は嬉しそうに眦を下げた。
「おお、男前だな!そうかい、誰も本性を明かさぬか」
ちろり、と暖海は入道に目を遣る。
「いいんだ、誰がなになんだって知ったところで偏見になるだけだ。ねぇ暖海法師、入道はビブグルマンを狙ってるんだよ」
暖海は慣れた様子で椅子を引き、どっかと腰を下ろした。
「はっはっは、それは大きく出たものだ。千円には絶対にしないと大見得切っとるから、存外いけるかもな?」
暖海はメイアンがここにいるからと忠遠に聞き及んでここへ来たという。入道を、と訪ねてきたのは入道のエリアであるからだろうか。
「ところで。もう察しはついておろうが、メイアン、お主に客があるようぞ?」
客とは穏健な言い回しだな、とメイアンは苦いものを含んだように笑う。
「訪ねてきてくれるような知己は無いんだけどなあ」
「騒ぎが小さく済むようにと思ってな」
「わからないんだけど」
「来客が、か?」
「いや、そっちには心当たりがある。ねぇ暖海法師。貴方協力してくれるってこと?」
「ふふ、そういうことになるな」
暖海は低く笑う。答えにはなっていない。
「忠遠は連れてきた責任上力を貸さざるを得ないのだろうよ?けど、貴方、暖海法師、危機を察知したからって」
「ふむ。前触れもなく助力をもらうのは謎だろう。俺はな、法螺貝と言うただろう?人に創られたもの。まあ明快に言ってしまえば、人の営みに害が及ぶのを良しとせぬのよ」
現在メイアンの迷惑な客といえばクレイウォーター絡み、そしてグレイシャ計画くらいしか思いつかない。それらとて人であることには変わりない。だとすると、暖海が手を貸してくれるのは街に被害が出ぬような方策を施してくれるということと想像する。
「んじゃ、そこは任せちゃお。けど、本気でアルバイトの代打のつもりで来たからなんにも得物が無いんだよ困ったな〜」
レジから輪ゴムの入った箱を持ってくると、割箸を仕込みに夢中な入道にもらうよ〜と声をかけて何膳か切ったり組み合わせたりし、ゴム鉄砲を作ってしまった。
「これは子供騙しでは?」
「まあ、飛び道具がある?とか思わせるには充分でしょ。フライパン貸してくれないかな?駄目にしたら一等いいやつで弁償するからさ」
入道は嬉々と鋳物のフライパンを出してきた。弁償させる気満々だ。
「できるだけ穏当に済ませたいんだけどなぁ」
すると事務所に下がり、インシュロックを出してきた。
「わ、なんでこんなものがあるの」
「物を纏めておくには便利なんだが、以前アキに遣いにに行かせたらこんなに大入りのを買ってきてしまってな。使い切ってもいいぞ」
「そんな使うかよ〜」
笑いながら受け取ったがメイアンは軈て目を伏せた。
「店、滅茶苦茶にしちゃうかも」
入道は天井を見上げふん、と鼻で息を吐く。
持っていたお玉杓子の先がいきなり光る。その先を振り回し、光の軌跡が宙に水平な正三角形を描いた。そしてお玉杓子の先をくるりと引っ繰り返すと先の光は光を吸い込むような闇の塊に変わった。そして同じように振るうと、同じように、しかし向きと色の違う正三角形が光の三角形に重なった。光る三角形は手前に頂点があり二つ重なるとダビデの星、つまり六芒星になる。
「入道は進歩しないのう」
「見てくれで判断するのは底が浅いぞ」
お玉杓子をまるで鍋を掻き混ぜるかのように六芒星の上で大きく回すと、お玉杓子で勢いをつけられたように六芒星は回り出した。
ああこれは魔法かねぇ、となんだか緩い気持ちに包まれていると、入道はちっちっち、と空いている方の手の人差し指を立て振った。
「アキと久我が魔方陣を使っていたろう?あれは河図洛書を使う」
「あー、あれ教えたの入道さんなの?アキも久我も絶対門外不出を厳守しようと必死だったよ。可哀想なくらい」
くるくる回る六芒星が段々と勢いを増してきた。色が混在して透明に見えてくる。
「二人の生真面目さを見誤っていたのは落ち度だった。だが気軽く世に広めてよいものではない。あのくらい気負っていた方が、よい」
入道はお玉杓子を回る六芒星の中心に叩きつけた。途端に六芒星は弾け、店内全体に飛び散った。
「初めて見る」
天井を見上げながら訝し気な暖海に入道は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
「雷公式を参考にしてみた」
「あぁ?あれは細かく物品や数式が指定されていてピンポイントで呪術を展開するものだろう」
「いやいやいや、それを逆回しにだな、肌理細かい部分を緩くして大きく術を発現させる。メイアン、今ここにあるもの以外を全部纏めてべりっと剥がして纏めて捨てるようにした。思う存分暴れていい」
固めてテンプルのようにな、となんだか古いことを言う。
「イメージは掴めたけれども…ここにいる人や物以外…ってこと…って」
「ここに新たに持ち込まれた物。新たにつけられた傷なんかも範疇だ」
「ここにある物を使うと?」
「元の位置に戻る。なにも減らない。あああ!フライパン!」
この理屈で行くとどんなにぶん回しても破損がないということなのだろう。メイアンはくすくす笑い出した。
「いいよいいよ、フライパンは手間賃ってことで新しいの用意する」
一斗缶の油をもらい運んでくる。纏めてポイをしなければならないような相手なのか、とうんざりしながら泥落としの入口マットを剥していると暖海は目の前に小さな六角形を指先で描いた。ふっと息を吹きかけると透明な薄片にと変わる。
「こちらも魔法ではないぞ」
「いや充分魔法だよ」
自分で説明できる理論でなくば科学とて魔法だ、と思いながらメイアンはインシュロックの輪を幾つか作る。暖海はふっと頬を緩ませる。
「これは紫微斗数という。まあ占いのひとつくらいにしか認識されとらんが、使いようによっては」
暖海は薄片をぴんっ、と人差し指で弾いた。すると氷が張るように幾つも幾つも連鎖的に増殖して広がり、壁をすり抜けて外へ出て行った。ぎりぎりまで見えていた形状から察するに、ドーム状、或いは地中にまで埋まった球体状になったのだろうか。
「ふふ、これで音漏れの心配無し。迎え入れようか」
音だけなのだろうか、と些末な心配をしつつ、小麦粉の袋を開ける。どうする気だという暖海と入道の目線ににまっとメイアンは笑う。
「見てろよ、とでも言うのか?」
「いやいや、頼りにしてるよ、だよ」
二人の男は不審気に顔を見合わせた。




