2023年3月、京都⑭
夕方熊と菫が帰って来て、用意されていたオープンサンドのおやつにふたりは目を輝かせ嬉しそうに平らげたが、忠遠は帰ってこなかった。
「純恋ちゃんって子がいるんだけどね」
「菫と同じ読みだね」
「そうなの」
菫は口の端に残ったクリームチーズを拭き取りながら言った。
「菫がやること真似してくるんだよ。それなのにおんなじことせんといてや!とか言ってくるの」
「あははっ、菫とセンスが似てるんだな」
「そうなんだと思う。でも菫の方がちゃちゃっとやれちゃうじゃん?だからいつも遅れをとっちゃうんだろうけど」
千年生きている菫からすれば小学生のすることや課題など取るに足らないのかもしれない。
「こっちは目立たないようにしようとしてんのにさ」
「菫は学校でも京都弁使わないの?」
「あー、使わないかも〜。熊共々忠さんに引き取られたってことになってるから」
「あははっ、それまでは京都じゃないとこに住んでたって設定?」
「そ。京言葉がまんま古くから使われてきた言葉じゃないから、襤褸が出ちゃうといけないじゃん?」
「小学生やるのも大変だなぁ」
「へへっ、でもタブレットとか、今じゃないと触れないものとか目新しいよ」
熊と菫は食器を片づけて宿題に取りかかった。
久我は昼食の直後に連絡があり、シフトに欠員が出たと呼び出されあたふたと出ていった。市内のコンビニでバイトしているのだという。
「夜勤でも昼勤でもどっちだって構わないんだけどさ」
五位鷺らしいことを言うものだ、と思っていると、久我は不快そうに眉根を寄せた。
「あっちこっちの店に呼ばれるのは勘弁してほしい。在庫状況とか色々動向とか違うのを暗黙知のように呑み込んであれこれ対応するのしんどい」
「久我は店に雇われてんじゃないの?」
「フランチャイズを幾つも持ってるオーナー会社に雇われてる。だから同じ名前のコンビニなんだけど行く店行く店それぞれ社員の店長がいて、バイトリーダーがいる。バイトがどうしても居つかなくて店長が無駄に背負い込んでいる店もあるし、バイトリーダーが完璧で、機械のように入り易い店もある。圧倒的に後者の方が働き易い」
「これから行く店は?」
「バイトの殆どが同じ学校の学生なんだ。だから新型ウイルスでばたばたっと。で、お鉢が回ってきちゃって」
「うわ、大変だな。頑張って稼いでおいで」
そう送り出した後、アキは言った。
「あの子ちょい危なかった時期があってん」
「久我が?」
危なかったという意味がわからなくてメイアンは首を捻る。それに飄々として風に煽られる紙切れのように心許ない久我は逆にあまりダメージの直撃を受けないような気もするのだが。
「三つか四つだかの店を渡り歩かされてるんやけど、その中にね、役割固定されてへん店があってな。夜勤は大体おんなじ人なんやけど、バイトリーダー午後から来るんや」
「それ、駄目なの?」
「発注締切十時ぐらいなんやって。つまり午後に来たんじゃあれが足らへんこれが足らへんが全部後手後手になってまうやん」
「コンビニってPOSシステム入ってるんじゃないの?」
「商品の殆どはシステムで回ってるんやけど、店で作る弁当の材料やら、消耗品やらはそうはいかへん」
「弁当、材料足らなかったらどうすんの?」
「代わりの物を作るか、炊いた米を米単品の惣菜として出すしかあらへん」
「じゃあどうやって回してんの?」
アキはうんざりした顔で言った。
「どないもこないも。その場で足らなさそなものを気づいた人発注すんねん。そやけど毎日おんなじ人がおんなじ時間を回してるわけとちがうし、発注できひん日もある。皆んなが皆んな気ぃ利いてるんでもあらへん」
「結局穴ができちゃうわけね…」
「逆に消費期限の近い物仰山、やらね」
「使い切れないやつ、どうすんの?」
「当然廃棄。心痛いってよう言うとった」
しかしくすっと笑って続けた。
「途中で廃棄しいひんで全部商品にしたる!って指示量の倍くらい作ることにしたって」
「開き直った?」
「っちゅうか、そうやって使い切って売っても許されるんに気づいたんやわ」
それまでは悩んで病みかけたということか。
「無駄に真面目にやって、誰が発注を管理して、どうやったらレールにのせられるか四苦八苦したのはほんまにいけへんかった。社員店長数字だけ見て廃棄減らせやら、責任の所在を明らかにする気なんか更々あらへん癖に誰なのこんなんしたのやら無責任なこと言うさかい、真に受けてもうてな」
「くぅ〜久我、いい子〜」
つまり全くリーダーが機能していない上、そのことに店長もその上のSVなども目を瞑ってしまっている。その事態をいちバイトの久我が打開するのは無謀でしかない。
「リーダーになり代わろうとか言い出さないところが可愛いよ」
「変に無欲で困る」
「ふふ、優しいの。アキは今日は仕事ないの?」
「あんで」
「ラーメン屋さん?」
「あの店は入道はんがやってる店なんよ」
入道はんとはアキと久我を拾ったという仙のことだ。メイアンは頭を掻いた。
「仙ってそんなにレアな存在じゃないんじゃん?」
「いや、レアやろう」
「だってあっちにもこっちにも仙じゃん。そこ行くサラリーマンはよもや仙ではあるまいな?まさか今配達に来てくれたSDさん仙だったりして?もしやスーパーのレジのお姉さんが仙?ひょっとするとそこのお巡りさんや消防士さんが仙かも⁉︎…なんて疑いたくなるだろ?」
「飛躍しすぎやわメイアン。四条はんや入道はんが大体の仙は把握してるさかい、あの人この人って教えてもろうたらええのに。京都は確かに多い方らしいけど」
「多いんじゃん!」
「言うとくけど、別に京都の風水云々やら京都に仙になる魔力多いやらそんなんとちがうで。四条はんや入道はんが拾うてくるさかい、それだけ」
「本当に〜?」
「拾われたら恩を感じるんやろうし、頼りになってくれるさかい近くにいたいんとちがう?メイアンも結局四条はんのお屋敷に居着いてるやん」
「言われてみれば、確かに。そうか、ならば旅に出よう」
アキは呆れたようにあほくさ、と呟いたとき、襖が開いて忠遠が入ってきた。
「旅か。良いな。ならば越後などどうだろう?」
「はあ?」
メイアンは旧国名で言うのやめれ、と額を抑えながら呻く。
「越後って新潟だろ。なんの用がある」
「筑紫や肥後でもよいぞ」
「あー…福岡?と?熊本、かな?」
「それとも蝦夷か」
「北海道ねぇ、いい気候だろうねぇ…って韜晦するなよ。いきなり新潟を挙げてきた理由があるんだろ」
忠遠は苦笑いした。
「九頭龍殿がのう…お前さんに逢うてみたいんだと」
ひゃっとアキが首を竦める。
「九頭龍…って、寒霏のお師匠さん?あれ?新潟に住んでるの?てっきり九頭竜川ってあるから、福井かと思ってたよ」
忠遠は珍しく悩ましげな表情を見せた。
「あっ、でも日本中に九頭龍伝説ってあるよね。あれ、どこが本家なの」
「九頭龍殿は川の化身の龍であられるから、基本越前でよいのだが…彼の方なあ、どうにも好奇心旺盛というかやんちゃというべきか…」
言い渋りようにメイアンは合点が行ったらしい。
「伝承の殆どがご本人ってか!あはははは、いいねぇ、武勇伝。で?なんで新潟?」
ここでもまた忠遠は言い淀んだ。どうやら九頭龍の溢れる行動力に起因しているようだ。
「…新潟東港に、砕氷船『しらせ』が展示されるのを、見に行くのだそうだ」
「砕氷船?いやいやいやちょっと待て。このコロナ禍でそういうイベント、悉く中止じゃん?」
「自衛隊の広報ページに出ておったと」
メイアンはなんとなく忠遠の目論見が見えてきた気がした。
「…あー…なあ、忠遠さんよ?中止が見え見えで御仁ががっかりするのが略決定だからって、その緩衝材に使おうってのはちょっと虫が良過ぎない?」
「…すまぬ」
「そう素直に謝られちゃうとな。ふふっ、御大は砕氷船に興味津々なのかぁ」
「南極にロマンを抱かれてる」
「ふふ、なんか可愛いねぇ。いいよ、行こう新潟。どうやって行く?」




