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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年3月、京都⑩

是非連れて行くべきだ、と強く主張したのはアキだった。

わからない義姉弟だな、と思いつつ麻紐で背中に五位鷺姿の久我を括りつけたアキをタンデムシートに乗せ、メイアンは真夜中の京都市街へと走り出していた。前に回したボディバッグが邪魔に感じる。

ハーバーは京都府警に勾留されている。白地あからさまに外国人で、銃器を所持、それも隠すことなく手にしていたのだから相当厄介なことになるであろうということを勘案して府警に、ということになったのだろう。身元を明らかにできるものをなにひとつ持たずに京都の玄関口にいたとなれば、それを看過しては警察も沽券に関わる。

メイアンは旧庁舎の近くに一旦停めるとヘルメットを取った。官庁街であるこの辺りは道幅が広く見通しが良い割に、この時間帯は車通りが少ない。

「ハーバーの迎えは車で来るん?」

アキと久我にはドンバスからディズマル、そして京都に帰ってきてからの一連を話しておいた。姉弟も鷺とはいえ仙であるから、不老不死に目をつけられているという事実は他人事ではあるまい。

「さあね?弁護士と名乗って来るんだから、そこそこ体裁は整えてくるだろうけれど。…嫌な予感がするんだ」

「予感?」

「予感というより、推測、だな。フリッツ・ハーバーなんてどうせ偽名だ。偽名を使う連中なんて、恐らく使い捨てだ。府警から連れ出したら、即謎の死体にでもなっちゃうんじゃないかね、ってね」

「怖っ」

珍しく引き攣った表情をアキは見せた。

「入道はんがよう言うねん。名前は身を縛る。そやけど身を守る、って。偽の名前使うたら、道具に成り下がってまうんやなあ」

メイアンは緩く笑った。

「アキは真面目だな。ハーバーが殺されたところでこっちは痛くも痒くもないんだが、できたら訊き出したいことがある」

「なにを?」

メイアンは徐ら口に人差し指を当てると後でね、と呟いた。その指を静かに庁舎の玄関に向けた。指した先にタクシーがハザードを点けて停まっていた。

「それっぽくない?」

「タクシーで来るってちょい安直とちがう?」

「態と辿れるようにしてるのかもよ。んんん?アキ?」

庁舎玄関をアキは物凄い形相で見ていたことにメイアンは気づいた。

「…もしかして、見えないの?」

「うちは昼行性やさかい。見えのうはあらへんけど、ちょい辛い」

「あぁ、それはごめん…本来もう休んでる?」

「昼行性かていったって、日ぃ落ちたら身動き取れへんちゅうこっちゃあらへんの。暗いと敵を警戒してもしきれへんさかい、安全なとこに群れてるだけ」

「そうなんだ…」

「こいつ連れてきたんやねん」

背中に括りつけてきた久我をにゅっと目の前に突き出して見せた。

「どうして久我?」

「五位鷺やさかい」

「五位鷺だから?…え?え?五位鷺って夜行性なの?」

「夜目が利くさかい。かといって日中寝こけてるわけとちがうで」

「そうなんだ…久我、見えるかい?」

五位鷺は強く数回首を縦に振った。流石、アキが当てにして連れてきただけある。

「今の弁護士?がゲルマン系の男を連れて出てくる筈だ。追って」

五位鷺は翼を広げ、脚をためて発条のように翔び立つ。始めはばさっと空気を掻く音がしたが、直ぐに静かになった。

「久我に任せてまうの?」

アキは久我を括っていた紐を巻き直し始めた。

「こちとら人間なんでね、それにNSR(こいつ)はヘッドランプが煌々と明るいだろ。一番頼りになるのは久我じゃん?」

計器類の上にメイアンは顔をのせてへにゃっと笑った。

「ちょい前までウクライナの最前線におった傭兵怖い」

「うへ、酷い言いがかり」

「そのバッグの中に拳銃入ってるんやん。そやのにそないな風にふにゃふにゃ笑うて」

五位鷺が庁舎の角のところにとまる。成程そこなら死角に違いない。抑野鳥がいることを誰も気に留めないだろうけれども。

「傭兵ったって…国軍の正規兵だとしても、所詮人間さぁ。実際前線にいてもわからないんだ」

「なにが?」

「なんで正面にいるやつを敵認定できるのか。いや、勿論こっちに発砲してくればそりゃ敵意持たれてるから反撃するよ。けどお向かいさんも同じ筈なんだ。発砲するまでされるまで、互いに利害関係なんて全く無いんだ。けど、それぞれの旗を立てて撃てと言われると途端に敵になる。傭兵のにいちゃん達って気の良いやつも多くてね。相手の正規兵だって生真面目なんじゃないかなぁ。きっとそれぞれ面白いんだろう。それなのに一言も話もしないで殺し合いに発展できちゃうのか、全く以って、謎」

「へぇ、それが戦争てものちゃうん?」

「うん。なんで戦争するんだろうね。資源やエネルギーや領土がほしい?自国を大きくしたい?なんらかの観念形態イデオロギーが噛み合わないと、相手を殲滅しなきゃならないのかな?力を見せつけないと相手は本当に黙らないのかな?でもいざ現場に投入されたら、引き鉄は引けるんだ。自分が生き延びるために必死になれる。死に物狂いで敵と言われた相手を殺せるの。不思議だよねぇ」

片目で五位鷺が庁舎から再び翔び立ったのを確認する。上手く風を捉えたのか、あまり羽搏かず、滑空するように空を滑っている。

「怖いことさらっ言いなや」

「そうなの、怖いよね。なのに、現場ではなんだろうねぇ、麻痺するのかな?レッドブルって映画の中ではイワン・ダンコとアート・リジックは互いに打ち解けてゆくけど、相手を国名で呼んだり宗教思想名で呼ぶとあっという間に貌を失うんだ。…多分、どんぱちやってる戦場だけじゃなくって、きっとビジネスの場とかもっと顔が見えない分もっともっとシビアな筈。挙句に頭数で数え始めて数を減らそうなんて言うやつまで登場だ。頭おかしい」

アキは苦笑いした。

「うちもまだ三十年ちょいくらいしか生きてへんさかい確かなことは言えへんけど、人間って考えんでもええとこまで回り込んで、挙句に出口を失うてまうわな」

「へへへっ、考えてなんぼだと思い込んでる生き物なの」

「ハーバーってのはもう考えんでよろし。温暖化だとか異常気象とか、もうね、もっと長いスパンで見たら普通にある現象のひとつなんやろ。それここ百年二百年の事象だけ見て騒ぎ立てるなんて愚の骨頂ってもんや。危機感があるなら四条はんや入道はんがとうの昔に手ぇ打ってる思う」

「そうだね、成程」

「なんなん」

「今アキが言ったんじゃん。近代の事象を見て危機感を持ってグレイシャ計画なんて始めたんでしょ。つまり、そんなに古い結社ではない」

「あっ!」

「それにフリッツ・ハーバーは第一次世界大戦の時代の人だよ。そんな人物に礼賛と欽慕をもって偽名に使うって、底が浅いだろ?」

「あははっ浅いなぁ」

五位鷺が向きを変えた。風に乗れなくなったらしく大きく翼を打っている。

「その分システマチックな気がする。だとしたら、切り捨てられるのはやっぱり時間の問題だと思うんだ」

ヘルメットを被り、エンジンをかける。アキも慌ててそれに倣うと、ぎゅっとメイアンに掴まった。メイアンは跨ったままスタンドを払うと、あっという間にシフトアップした。五位鷺が向かっている方角にひと区画ずらして並走する。

堀川通から丸田町通に入ったようだ。そのまま西へ進み続ける。メイアンはNSRで下立売通を並走しながら時折アキに五位鷺の姿を確認させると、アキはそのまま真っ直ぐ進めばよいと五位鷺の進む先を読み解きながら示す。

どこへ向かう気だ?このまま進み続けると下立売通は丸田町通に合流してしまう。西大路通に出るところでメイアンは尋ねた。

「目的地はどこだと思う?」

「この先、花園、太秦やな。花園には妙心寺広いけど…」

「お寺さんには僧侶が詰めているだろう。無いな」

「なら、太秦?撮影所やで?」

「…I’d bet on there.」

シールドを戻し、メイアンは西大路通に左折した。円町交差点を過ぎ、嵯峨野線のガードをくぐって御池通に入る。下立売通より広く、速度が出せる。あっという間に国道162号を横切り、三条通りに右折。太秦交差点まで数十秒だった。信号を待つ間に訊ねる。

「久我は?」

「うん、こっち向かってる」

「ビンゴ!…や、待てよ」

そう呟いてメイアンは右折灯(ウィンカー)を止めた。信号が青に変わるやそのまま直進する。遠去かってゆく撮影所を見ているのか五位鷺に注視しているのかアキは首を回らし後ろを見続けていた。

NSRは帷子ノ辻駅の手前で右の脇道に入り、更に右の脇道に入る。

「ここ…なに?」

エンジンを切るとメイアンはヘルメットを脱いだ。

少し歩くと物々しい門があったが、ここが管理された場所であるということを示しているだけで、両側の柵が途切れた先は低い生垣でしかない。門の奥は鬱蒼と陰樹の生い茂る暗い森で、この時刻ではなにがあるのか定かでない。

「仲野親王高畠墓。古墳だよ」

「誰のお墓ゆうた?」

「仲野親王。桓武天皇の十二番目の息子だね」

「十二…」

「現代っ子め。千二百年も昔となれば権力者は多妻だし、早逝し易いから沢山子をもうける。これが人間の歴史なんだ」

アキはきょとんと目を丸くしたが、合点がいったらしい。

「千年も昔からその姿勢やったら殖え捲るわけやわ」

「ドーキンスが読み解いた遺伝子の利己性に則っただけなんだよ」

「あは、なら戦争するのも遺伝子の盲目的なプログラムの所為なのとちがう?メイアンが悩んでもしゃあないわ」

ぽんぽん、肩甲骨の辺りをたたかれてメイアンはふっと頬を緩ませた。

「ありがとねアキ。…あれは久我かな?」

五位鷺らしい白い腹の鳥の姿が見えた。

「撮影所ならもう降りてる頃合いやわ。ここで当たりやな」

「…あまり賢いチョイスではないよな」

「そうやな。バイク停めたあそこ、病院?」

メイアンはスマホのマップを探る。

「産婦人科だな。産気づくのを待っている妊婦さんがいたらどうする気だ?」

「そないなこと気にするような連中かいな」

「全く面倒な。裏手が畑だな。せめてそっち側…ああー…」

メイアンの希望虚しくタクシーの前照灯ヘッドランプが住宅街側の門へ近づいてくる。

「アキ、NSRを頼む。久我もそっちに行かせるから」

「独りで大丈夫?」

「市街戦は得意じゃないが、傭兵稼業長かったからね」

しかし、結論を見据えるなら、ハーバーは生き残らない方が八方丸く収まる。メイアンをつけ狙う役を担う者が一時的に不在になり、グレイシャ計画側としても警察に拘束された面倒を切り捨てることができる。

…こういう思考回路、好きじゃない。

だがもう命運が定まりつつある。

アキをNSRに戻らせ、メイアンは空を見上げた。大きく手を振ると、久我は気がついたらしく緩く弧を描いて舞い降りてきた。そして地上あと1メートルというところで五位鷺の姿から人の形に変化した。久我としてはすとん、と地上に降り立ちたかったようだが、急に体重や重心が変わったからだろう、つんのめって蹈鞴を踏んだ。

「おっとぉ」

メイアンは少年を抱き留め、苦笑いした。

「格好悪…」

「ははっ、久我は耽美だな。決まっていたら漫画みたいだったな」

声を低め抑え気味に喋った意味を悟ったらしく、真っ赤な顔の久我は同じように声を殺した。

「ここ、高畠墓ってとこ?」

頷くと久我はもう直ぐここに来るよ、と言った。タクシーの運転手にはここの場所を目的地にすることを明らかにしてしまったのだから、仮にハーバーを始末したとしてもここに放置するという可能性は低くなったことになる。

「久我、NSR停めてあるからそこで待ってて。アキ守ってな」

久我は素直に頷き、小声で気をつけてね、と言って角を折れて行った。それを目の端で見送ってメイアンは飾りばかりの門扉から向かいの家の脇の道へ入って塀に背をつけ気配を殺した。ホルスターのサムブレイクを静かに弾いた。タクシーがさっきまでメイアンいた辺りに停止し、ハザードを焚いている。ドアが閉まる音がし、メイアンのいる道には入らず通り過ぎて行った。タクシーが客を下ろした辺りを窺う。二人の男がいる。二人は垣根の切れたところを乗り越えて古墳の丘を登り始める。

ハーバーと名乗った男はこの丘を登る意味がわかっているだろうに、素直に従うのは、凶器で脅されているからなのだろうか。

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