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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、セーヌ⹀サン⹀ドニ④

「イラクを自由経済圏に力尽くで変えようとしたのか」

「そんな思想を持っていたかもね。終戦直後日本のように全体が消沈して、強い宗教への依存も無く、隣国と地続きでないなら可能なのかもしれないが、イラクじゃ無理だろう。シリアとの対立、大国イランとの兼ね合い、シーア派スンニ派なんてイスラムの最も難しいところ、フセインからの解放…他者の方向性を完全に変革できるって面白いことだ。だからっておいそれとやっていいことじゃない。制圧をそれで成し遂げてきたオクシデントには理解し難いんだろうが…グレイシャ計画はそこに火種を見出しているのか。ん?舞台はイラクじゃないだろう?」

「おそらくウクライナ。虐殺が横行し易いアフリカやパレスチナ。竹のカーテンの向こう」

メイアンは茶を含んで渋面になった。

「竹とアフリカは嫌だなあ…」

「何故だ」

「言語がいっぱいあり過ぎる」

そこか、と忠遠は拍子抜けした顔になった。メイアンは少し身を乗り出し、小声で囁く。

「おい忠遠。四条さまとよいしょされるお前のことだ、今この会話、完全にレイヴンモッカー達には遮断してるよな?」

「言うに及ばず」

ならよし、とメイアンは尻を戻す。

「ね、折紙のあれは、どのくらい距離空けられる?」

「あまり距離は関係無い」

「それは凄いな!なら改めて妖精パイクにひと働きしてもらおう」

メイアンはちょいちょいと指先を招くように動かして少し待つ。ものの十数秒で折り畳まれた折紙の妖精が襖の隙間を抜けて座卓にふわと到着した。まだなにも込めておらず、卓面に横になる。

「こうで良かったっけ?」

「誰を偵察する気だ?」

「違う違う。忠遠と通信するんだよ、これなら傍受されないじゃん?」

「ならば、これだけでよかろう」

姿を作った妖精パイクに力を込めようとしたメイアンの手の甲に円陣を浮かび上がらせる。円陣は一瞬光って皮膚を通して吸い込まれる。同時にその理論や作用機作などが一度に理解できた。

「あ、そゆこと!話しかけたらこっちにダイレクトにくるんだ。こっちからは話さなくても妖精パイクに喋らせることができるんだね」

「結局情報が漏れるのは携帯に向かって喋る瞬間から始まる。声に出さなければ漏洩しない」

妖精パイクが中継してこの部屋で音声になった際、忠遠が全て漏れないよう遮断できる。

「定時連絡だけで済むといいんだけど」

もらった円陣の通りに妖精パイクへ力を込めてやる。正面に忠遠、音を拾う準備は万端スタンバイ、いつでも話すこともできる。うん、とメイアンは頷いた。

「じゃ、預けるよ」

「承った」

妖精パイクが忠遠の掌へ移動する。見上げるように忠遠と目が合う。直ぐに彼は妖精パイクを見えないように光を遮る陣をかけたが、妖精パイクの目からは充分見える。消耗も少なくて済みそうだ。

「ああ疲れた。明日からどこ連れてかれるのかなぁ。考えるだけで気が滅入る」

お休み、とメイアンは茶の間を出た。まだ雨は降り続いていた。



翌朝もまだ雨だった。雨の中ジャージー・デヴィルで飛んだとてびしょ濡れになるということはないのだろうけれどと思うも、濁った空を見上げ溜息が出てしまう。

「雨が嫌いなの?」

「いや?寧ろしっとりして歓迎してる」

横に立ったウルテにメイアンは普段通りの気楽そうな笑みを向けた。ウルテは今日は豚の鼻はつけていない。

「貴女のそんな顔見たことなかったから」

「やだな、ディズマルでずっと見てたの?」

「女の子が訓練してるって、気になってた。隠すって程じゃなかったけど、その少年っぽいところを最大限に使って殆ど男の子で通してたでしょう。そりゃ気になるよ。最近流行りの生まれた性別が間違ってるんだっていうのとも違う。無理矢理男の仕事がしたいって感じでもない。あの中では最善だからそうしてた?」

「まあ、そうだね」

「で時々戦死してくるのよね。知り合いがいなくなった頃合いを見計らって違う名前でまた訓練してて。あら、この子魔女(ウィッチ)なのかしらって」

魔女ウィッチねぇ…」

英語で仙に近い言葉は隠者hermit、魔法使いwizard、妖精fairyがある。魔女witchも確かにその部類ではあるな、とメイアンは思った。

魔女ウィッチって、儀式とか集会を開いて崇めるなんかえらいひとから力を分け与えられて長生きしてるイメージ」

「英語にはぴったりの言葉がないから。隠者ハーミットだと世の中と断絶して力を蓄えた感じがするし、魔法使い(ウィザード)だと長生きの魔法や薬を研究してる?妖精フェアリーは肉体を持たない感じになっちゃう。一神教の上にある言葉だからかしらん」

「英国は魔法だ妖精だって盛んな気質だけどねぇ。努力もなく材料もなく永遠に生きられるって、感覚に合わないんじゃん?」

「ははは、確かにね!言っとくけど貴女の魔女ウィッチのイメージは教会が後づけしたものだよ。元来魔女(ウィッチ)は民間療法の研究者だからね?」

「そうだね、失念していた。ちゃんと名乗ってなかったよね、ごめんなさい。メイアンと呼んで」

「沢山の偽名を使ってきたのは何故?」

「だって毎回同じ名前だと検索かけたらずらっと出てきちゃうじゃん。コンピュータによるソートをする前からABC順なりあいうえお順なりにオーダーして手作業でも過去の在籍者を拾い出せるよう書類を纏めていたから。コンピュータ任せにした今なら何度同じ名前を使っても登録時には誰も気づかないだろうけど、紙ベースだった時代にはそれやっちゃうと事務処理する人が同名の多さで気づいちゃう。どうせどこにも問い合わせないんだし、給与の振込先だって別に名前と合致してないなんて米国じゃざらだし?安易に流れてただけ」

「そう」

「朝ご飯、美味しかった?ここのご飯、絶品なんだよ?」

「うん。暖海に自慢されていたから、食べられたらいいなとは思っていた。あんなに食べるプラムも初めてだ」

確かにプラムは食が細そうだ。

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