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狐と踊れ  作者: 墺兎
145/342

2023年5月、京都㊻

「あ!やっと発送された」

注文を確認し直したメイアンは嬉しそうに声を上げた。

「ブルーベリーとレモンの苗か?」

「うん!明日到着だって!いっちゃん、家にいるかな?置き配にしてもらおうかな?」

うきうきと配送状況を確認するメイアンを忠遠は微笑ましげに見た。

「開いたぞ」

純恋の家の前まで歩いて、忠遠が玄関の施錠を開けている間にメイアンはサイトを確認していたが、その声にスマホを仕舞うと妖精を放った。玄関の引き戸は妖精が通れる程度に隙間が開いていた。妖精はその隙間を難なく通り、内側から閉める。妖精には少々重い。そして施錠させ、二階の純恋の部屋で待機させる。

「行こう」

忠遠に促され、純恋の家から離れる。セヴンホークの動向に切り替えると、京都駅で拾ったタクシーで疲れ切った表情の親子があと信号ひとつというところまで来ていた。

「メイアン」

「ん?」

「朱鷺の新しい菜園が完成したら、見に来いと招いておくれ」

消極的なものの謂いだ。

「変なの。ずかずか来そうなのに」

「厚顔に訪ねることは幾らでもできる。メイアンに招かれたい」

「だって、あそこはいっちゃんの庭…」

「伍伴となり、メイアンが招くのだ」

「…忠遠」

忠遠は励ますようにメイアンの背中をぽんぽんと叩く。

「…切って捨てられたような気分だ」

「寧ろ捨てられなくなっただろう」

頭痛になりそうだと額を抱えたメイアンだったが、礑と顔を上げた。

「主語を言わないのは、卑怯だぞ」

忠遠は空嘯そらうそぶく。

「日本語故」

「捨てられなくなったのは、忠遠か?違う。馬鹿が。惚けたふりをするんじゃないよ。部屋を残してくれと頼んで、忠遠は諒承したじゃないか!なんだよ!バリーのティンカーベルに翻弄されて煽りを食ったか?忘れられたら、消えてしまうのか⁉︎」

メイアンは忠遠の羽織の襟を掴んでぐいと引き寄せる。メイアンの立った柳眉に忠遠の目が丸くなっていた。忠遠は鼻が触れ合う距離でメイアンを瞠目していたが、軈て少しだけ顔を傾け、食むように唇を触れさせた。

乾いた唇は直ぐに離れたが、顔は近いまま、忠遠は満足そうに口の端を上げているのが目に入った。メイアンはなにをされたのか合点に達するのに二秒も費やしてしまった。

「…は⁉︎」

掴んだ襟ごと忠遠を突き放す。慌てて拳の甲で唇を乱暴に拭った。

「油断した。ごめんいっちゃん」

忠遠は傲岸そうに笑みを浮かべた。

「メイアンの純潔の線引きは、そこか」

「一遍死ね」

「怖や」

「顔向できなくなる!そんなに村上に行かせたくないのか」

忠遠は意外そうに言う。

「却って朱鷺はメイアンを手放せなくなるだろうに」

「いい加減なことを言うな、この節操なし!呆れられる!」

忠遠は縒れてしまった襟を整えながら薄く笑った。

「だからメイアンは女のスキルが低いのだ」

「日の高い裡から寝呆けたことばかり…」

「…あのタクシーか?」

メイアンの背後で抜けていったのは一家の乗るタクシーだった。メイアンは目だけ回し、うん、とだけ答える。

「…許さないからな」

「感謝に変わるさ」

家の中の様子を見始めたメイアンを極力普通に見えるように歩かせながら四条邸に辿り着く。熊と菫が座卓に茶だの座布団だのさっと用意していなくなった。

一家は疲れ切った様子で帰宅すると、荷解きを真っ先に始めた。というよりも美智が叱咤してのろのろしている二人をどうにか動かしていた。動きを止めてできごとを省みるのが嫌なのだろう。荷物の少ない純恋は早々にリュックサックが空になり、二階のクローゼットを開いた。

…出番だ。

スライド棚の目の高さより少し上がリュックサックの収納場所らしく、そこだけぽっかりと空いているところに純恋は半分に畳んで戻そうとして、見慣れぬものがいることに気がついた。

見慣れぬどころか、謎さえ孕んだ存在。

大人の掌をいっぱいに広げたくらいしかの大きさなのに、確り女性型。馴染んだ肌色、僅かに異国情緒漂う顔立ちと髪。あまり見かけないが存在しないものではないアイテムを身につけて…そして背中せなに透明な、羽。

全体的に華奢で整った容姿に先ず見惚れ、微笑まれて戸惑う。

人形ではない質感と動き。近年モニタの中に見かけるような作り物の人物ではあり得ない、しっとりしながら要所要所きっちりと乾燥した、動物特有の…否、人らしい外観。

「誰」

「お名前は、自分から名乗るものよ?」

妖精は驕慢に微笑む。

「純恋のお家になんでいるの」

妖精は笑顔を崩さず答えない。すっとその場から翔び立ち、純恋の頭を一周した。

「仕舞ったら?」

純恋は先回りされて指摘を受けたことに不満を抱きつつもリュックサックを収納してクローゼットを閉める。

「妖精さん。純恋です。」

「パイクスタッフンブライア。パイクでいいわ」

「どうしてうちにいるの?」

妖精パイクはくるん、くるんと左右に翔び回りながら艶を滲ませ笑う。

「あなたのお父さんが逃げ出さないように」

純恋は首を振って妖精パイクを追う。

「逃げる?なんで?」

「さあ?お父さんやるのが嫌なんじゃない?」

純恋の顔に急に陰が差した。昨日人質として扱われたことを思い出したようだ。

「パパ…純恋のこと嫌いなの?」

「さぁ?大好きなら、お父さんをやめたりしないわね」

妖精パイクは純恋の耳元でホバリングしながら態と囁く。

「好きじゃないのかもね?」

忽ち純恋の顔が歪み、あーっと絶叫を上げた。足が崩れ、号泣し始めた。その声を聞きつけ跫が近づいてくる。

妖精パイクはぱっと消えた。

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