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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都㊺

「イニスはどこまで知っておるのかの」

「アンドリュー・フラナガンが搬出を目論んでいたものがマスタードのドローンだってことは知ってた。エリン・スターリングが指示してることもね。帳簿も見てる筈だから、スターリングが裏金で動いたことも多分わかってる。金で苦労してクレイウォーターに就職した女だ、嗅ぎつけて動いているかもな」

忠遠は銀鱈を摘み上げた。

「事務員になにができる?」

「そこなんだよね〜。予測不能」

「なにもできない、と断言しないのだな」

「ハーバーとの遣り取りの窓口になっていた。一方的にハーバーが連絡してくるだけだったならそこまでだけど」

「ハーバーへアクセスする経路を持っていたとしたら、か。或いはハーバーがイニスの存在に気づいて、メイアンを釣る餌として待ち構えている?」

「イニスの知恵が回らなくても、利用されるってことは、あり得るよ。ハーバーはまだいそうだし」

「もう三人も潰したのに?」

するとメイアンはぶすりと箸を出汁巻卵に突き刺した。

「セヴンホークは、七番目だ」

「メイアン、お行儀」

熊は小さいが鋭く注意を入れる。慌てて出汁巻卵を割る行動に置き換える。

「クローンを何人セットで作るのか知らんけど、ホークシリーズが七番以上ある以上ハーバーも三人で終わりとは考え難い。大体さ、クローン培養ってどこまで、どうなの?」

「どこまで、どう、とは?」

「セントラルドグマの地下プラントにうふふふふって笑いながら浮遊させてんの?違う。クローンったって、技術で手出しできるのは胚を培養するとこまでた。それを人間の形にまで成長させるのは、結局女の胎」

忠遠の顔が目に見えて強張った。

「代理母…」

「女の頭数を揃えたら、同年代、いや、同日出産されたクローンを用意できるだろう。結局ガラス管の中じゃ細胞分裂させるとこまでしかできないし、そこから多様なホルモンだのなんだのの影響を受けなきゃ人体への分化は進まないんだ。そんな装置を作るよか、女を金でも思想でもで説き伏せて胎を使った方が確実で安全で、安上がり」

忠遠は心底嫌そうに息を吐く。

「物凄いことを…言う」

「ごめんね、こういう話。でも現実不妊治療とかって結局最後は人間が、女が、産むってとこへしか落とし込めてない。in vitroには限界があるからだ」

何人もの、同じ段階の妊婦。同じ顔の少年達が駆け回り、机を並べ一斉に教育を受けている。同じ服、同じ食事、相部屋といえば聞こえのいい同じ顔が複数人で暮らす宿舎。明るく有機的だが刑務所よりも高い壁に囲われた謎の施設…そんな想像野がメイアンの脳裡にも忠遠の脳裡にも広がっていた。

「…急にグレイシャ計画の気味の悪さが増してきた」

「うん、言っておいてなんだけど、同感だよ。分娩台が仕切りも無くずらっと並んでるのとか想像しちゃった。食事時にする話じゃなかった」

「確かに」

四人はぶすっと不機嫌面を揃えて食事に励む。大変宜しくない。メイアンはつまらなそうに言った。

「ナイ胸つるぺた少女がうふふふふふならプラントに浮遊していても倒錯的な絵にはなるけど、ハーバーがうふふふふふの浮遊は気色悪いよな?」

菫が即座に茶碗を置いて口を塞ぐ。熊は一気に口の中のものを飲み込んで粗相を防いだ。忠遠は結局噎せ込み、胸を叩いて湯呑を呷る。

荒い息を整えながら忠遠は、しれっとして食べ続けるメイアンを恨めし気に見上げた。

「…勘弁してくれ」



メイアンは率先して食器を片づけると、昨日折った妖精の折紙を持ってきて、栗色の髪の妖精をまた作り出した。

「手首には〜手甲風がいいかな〜?あ、ちょっとハードな感じ?」

サンダルと同じ色のダブルストラップをかけた太めのラップブレスレットを両手に作り出す。

「バングル可愛いでしょ〜?」

妖精本人に尋ねると、妖精はうんうんと頷く。

「使うのか」

「セヴンホークがプリゴジンの動画のニュースを見てしまった」

忠遠は顎を擦った。

「熊の考察通り最後の足掻きでしかないが?」

「…勢力図が変わると思ったんだろ。どこにいたって変わんないのにね、京都から離れなくちゃと慌て始めた」

「放浪という名の責任逃れだな」

「ふらふら漂泊する方がグレイシャ計画に見つかり易くなるんだけどな」

メイアンは感覚を分配しようとしていることに気づき、忠遠は待てと声をかけた。

「あんな男の為に己を消耗してはならぬ」

「けど、ちょっとこの子に喋ってもらったりしたいの」

「そのくらいなら、…手をお出し」

忠遠はメイアンの左手を取ると、術の流れをメイアンに同調させ、妖精へと流し込ませる。不思議な図形が忠遠の手からメイアンの掌に写し取られ、妖精へと流れた気がした。

「もうひとつ…遁走の気配を察知させよう」

忠遠の掌の上に新たな図形が描き始められるのがわかる。完成と同時にメイアンの手に転写され、妖精へと流れ込む。

「必要に応じて感覚を持ち込ませる…そのときだけ起動すると思えばよい」

「うわ。物凄く緻密なことやったでしょ忠遠」

「仕掛けとしては、まあな。よいかメイアン?お前さんの感覚を削いではいけない。起こった事象を全て己のものにする、それが今を生きるということではないのか?」

「自分の為にやってることだよ」

「ならぬ。食べたものの味がぼやけ、聞いた音が鈍い…こんな不幸があるか」

「だけど…」

「朱鷺と再会した喜びを削られても、同じことを言えるのか?」

メイアンは言葉に詰まる。

「触れ合った官能まで減らす意味など、無い。それもセヴンホークの為になど」

忠遠は安心せい、と呟く。

「俺の感覚を分けたのではない。仕掛けだと言ったろう。俺に負担をかけたとか思っておるのなら、杞憂だ。さあ、動かしてみるといい」

メイアンは恐る恐る羽を動かしてみる。自在さに遜色はない。

「妖精らしくコケティッシュに、あざとく、な」

態とらしく空中をくるりと回って、右に、左にと視線を嘲り笑うように舞わせて、肩に止まらせる。両足で雄々しく立っては駄目だ。ちょこんと擬音がつきそうなポーズで座らせる。膝を揃えて、脚先を流すように体の外へ。羽があるのだから手でバランスを取らせる必要はない。指先は軽く丸ませ、ふわりと浮かせる。

「さまになっておるぞ」

「喋らせるには、どうしたらいい?」

「妖精の口から喋るとよいだけだが?」

想像がものを言うな、と考えながら妖精の小さな口から言葉が出るさまを思いながら発してみる。

「こんな感じ?」

メイアンの口からではなく、妖精の口から可愛らしい声が出た。口調も案外媚びが滲んでいる。

「重畳」

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