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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都㊸

忠遠は珍しく口をへの字に曲げた。

「これ。山椒だからとぴりりと効かせるでない」

「本領発揮と仰ってくだされ」

メイアンは躊躇いながら割り込む。

「…あの?ちょっといい?よくわかんないんだけど」

「どの辺りかな?」

忠遠は口をへの字に結んだままで、代わりにという風に縞橙の精が穏やかにこちらを見上げる。

「えっと、教えなきゃ、ってことは、このメイアンは知らないことで、忠遠が知ってることだということ?だね?」

「そうですな」

「そして貴方達も知っている」

「そうですな」

「文脈から、なんとなく知らぬは本人ばかり的な感じがするんだけど?」

「結果的に、そうですな」

「どうしてそうなったのかな?」

「それも四条さまがご説明なさるべきですが。揚羽の卵を取ってくれた恩です。貴女さまがお庭においでになったからですよ。ですから我々の知るところとなりました。四条さまはどうろしめしたのか存知ませんが」

「庭に行くと、わかっちゃって?忠遠は知らんけど?ってどういう意味…」

縞橙の精は笑った顔のまま目を瞑る。もうこれ以上は喋らないという表明らしい。

「四条さまの甲斐性を奪えませぬ。貴女さまもご自身ごとながらご自覚ないのですから、お相こでしょう」

「なんか酷い言われようだよ、忠遠」

忠遠は口を結んだまま横を向きっ放しである。

「さてさて。四条さま、蜜柑葉潜り蛾がそろそろ動き始めます。こればっかりは薬剤が要りますよ。四条さまは時々お忘れになるから」

山椒の精は自分はあまり関係ない話という顔をしている。

「剪定してしまうぞ」

「こちらのお嬢さんが実を楽しみになさっておいでですけれども?」

意地悪気を滲ませて縞橙の精は山椒の精を連れて出て行った。はあ、と忠遠は声に出して息を吐く。

「植物の精って、なに?」

「なにと問われても…妖精に近いのだろうか。植物の意識が語りかけたくて出てくるもの?その程度の認識でしかない。彼らがどういった存在なのかは、突き止めておらぬ」

「…仙がなにかわかってないのに精とかわかるわけないじゃんね、そうだね。蝶々にも話しかけられちゃった。少しの揚羽に食われちゃうのは仕方なくても、葉潜り蛾は駆除してほしいんだね。…で、忠遠はなにを説明してくれるの?」

メイアンはグラスを干してとん、と置いた。全く酔える気がしない。

忠遠は座卓に頬杖を突いた。

「言うのは簡単だ」

掌が頰を押して大変不本意そうに見える。

「メイアンが…進んで話さないことを、俺は口に出したくないのだ」

「もやもやするなあ、そんなのいっぱいあるもん」

「数多いからと、ひとつならよかろうとはならぬ。だから、…メイアンが自力で気づくか、」

「忠遠じゃない誰かがぺろっと暴露しちゃうか、かい?」

「俺が話さなかったから、よし、なのではない。メイアン、お前さんが個人の秘密として守っているものを心に傷を作らず他者から聞かされることができるものか?」

「庭に出るとわかること?」

「庭に出たからとて、お前さんが気づくのではない」

もう言えないという風に忠遠は目を瞑る。

「忠遠がそんな惻隠の情っつーか、心配りをしてくれてるとは思わなかった」

「悪かったな」

「だってなんとなくドンバスから連れてこられちゃってさ。やることやっとけ、理解せよ、呼ばれたから行ってこい、って上から与えられるばっかりだったからさ。でも新潟から戻ってこの方忠遠も色んな面を見せてくれるようにはなってきて…好意さえ持ってくれてるみたい。こんな温情…メイアンの内側にまで配慮してくれる、忠遠のそんなとこ知った」

忠遠は片目を開き、頬杖にしていない方の腕を開いた。メイアンはふわ、とその内側へ抱き留められた。

「遠回しだね、忠遠」

「俺の女じゃないからな」

「はははっ、やっらし。山椒の精は忠遠を促したけど、忠遠には、今訊かない。答え合わせだけ、いいかな」

「言わずもがな」

「お手上げだと思ったら、訊く。そのときは遠慮なく教えて」

「諒承した」

「縞橙、実ったらひとつ、ちょんだい」

「熊と分け合え」

「ありがとう!」

ちゅと頰で音がした。忠遠は口を閉じたまま、ん、と返事をしたようだった。僅かだが、きゅっと腕に力が込められた気がした。

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