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狐と踊れ  作者: 墺兎
110/321

2023年5月、京都⑰

「存じております」

菫より先に熊が答えた。

「ああんもう、菫だって知ってるのにぃ!」

「えっどうして?熊、クラス違うでしょう?」

忠遠は初耳のようだが敢えて口を出さないと決めたらしい。

「懐柔しにきたのです」

「へ?」

「当然ですが、熊と菫が同じ家に住んでいることを知っています。菫を目の前で誘わず、熊だけ家に招こうとしました。取り巻きを連れておりましたので有無を言わさないつもりだったのだと思います」

「うっわー…」

久我とメイアンは思わず同じ嘆息を漏らした。

「再現します。くま子ちゃん、くま子ちゃんだけ遊びに来るよね?ゲームとお菓子あるの。宿題うちでやればいいし。みんなと遊ぶと楽しいよ。来るでしょ。以上です」

再現するとは言ったが、全く感情がのってない。AIに喋らせた程ではないにしても、略棒読みだ。

メイアンと久我は精一杯脚色をして、マウントを取ろうとしつつ媚びるプチ女王様な小学生低学年を想像した。

「熊はどうしたの?」

「他人を勧誘するのに、名を間違えるのは言語道断です。警戒して名乗らない五位鷺の方が正しい」

「スミマセン忘れてください…」

途端に久我が小さくなる。

「熊、学校でなんて名乗ってるの?」

「賀茂ゆう子。熊子と書いてゆうこでよいと申し上げたのですが、虐めの原因になってはいけないと忠さんが。しかし菫が熊熊と呼ぶので、熊をゆうと読むのだと知る子供はこの辺りに沢山おります」

今度は菫が小さくなる。

「ちゃんと名指しもせず喚くだけ喚いていたので、返事は与う可くもありません。足を止めたのさえ愚かでした」

実は熊は大層腹を立てているのだなとメイアンは想像する。寒霏にさえ突っかかってゆくのに、体面立場環境全てを慮り表情も変えず聞かなかったことにしてやる的な寛容さも滲ませて無視して立ち去る…菫行くよさえも言わなかったことだろう。誰よりもできた対応だ。

「ごめん熊…熊まで純恋ちゃんに睨まれちゃった」

「菫が気に病む必要は無いのです。彼女はまだ言葉を憶えて十年と経っていないのです。早ければあと十年で人生の汚点だと気づきます。苛まされるのは彼女自身です。菫は笑って見ていれば良いのです」

「熊怖っ」

「立つものは立ちますので」

腹が、ね、とメイアンは苦笑いした。と同時に思う…誰の入れ知恵だ?最近の漫画や小説だろうか?貶めたい子の極身近な…姉妹を、小馬鹿にしながらも誘い入れようとする。己は味方を引き連れ、どう見ても逆らい難く、一度恭順させてしまえば一派から抜け出すのは至難となるだろう。ゲームや菓子で釣り、宿題という義務の時間まで拘束しようとする。来ない?ではなく、来るでしょ、と言い切り。殆ど脅迫じゃん。

スティーヴ・セヴンホークの顔がちらついた。あいつならこんな策を伝授しそうだよな。

全く、娘が可愛いのはわかるけれども、親馬鹿になるのは違うんだぜ、と罵ってみる。

「熊。そういうことは報告しなさい」

「申し訳ございません。もう少し重大性を強めて学校が衝撃を持った上で対処させようと考えておりました」

忠遠は腹の底でくくっと笑ったらしい。

「熊に策があるのなら、断とうとは思わぬ。だが学校も全くの青天の霹靂では惑うことだろう。今度面談が入っておる、小出しにしてくるから、そこだけ入れておくように」

「畏まりました」

「菫、我慢は六年とか九年とか、あまり侮るでない。無駄に時間を使うのは相手だけではない。寧ろ菫なのだ」

「ごめんなさい忠さん…」

忠遠はふうと息を吐く。

「わかっとらんの。不快な思いをしたのは誰だ?静かに授業を受けようとしていたのを邪魔されたのは誰だ?消しゴムかもしれないがぶつけられて痛い思いをしたのは誰だ?皆菫ではないか。相手を愚かだと糾弾しないのは己も同じ愚かさだと認めることになりかねぬ。菫?そんなつまらぬことを肚の裡に隠し込むと、どす黒くなってしまうぞ」

「えっ、やだ。菫、白いのに」

「だろう?熊が担任の怠慢を糺弾する。心して被害者を務めよ。ん、よいね?」

なんか最後のちょっと前にわかんない遣り取りがあったなとメイアンは思ったが、取り敢えず後回し。

「じゃ菫は案内、嫌だよね」

菫はけろりと答えた。

「え?嫌じゃないよ。悪い菫としては、しゅーんと凹ましてみたいとは思うけど、けどっ、菫が凹ますんじゃないから関係ないじゃんっ?」

最後は少々焦り言葉が疾っていたが。

「ふふふ、菫も熊も可愛いねぇ、子供だからじゃないよ?こんな女性、素晴らしいっしょ、ねぇ久我?…久我?」

久我は両手で顔を覆い、天を仰いでいた。

「…こうなりたいっす」

「はははっ、だってさ。じゃ、案内してもらおうかな」

メイアンは菫だけ連れてゆこうと立ち上がったが、久我が駄目だと反対した。

「セヴンホークってやつに面が割れてるんだろ」

「直接会わないよ」

「駄目駄目駄目駄目メイアンは顔出すなぁっ!」

忠遠が横どころかすっかり後ろ向きになり口を強く塞いで肩を震わせている。久我がいると忠遠はすっかり笑上戸だ。

「全くもう、どうしろってんだよ…」

「じゃあ、菫がリュックに入れて連れて行ってあげる。この五位鷺は運転手ね」

「リュックって」

「犬とか猫になれるでしょ。ニコラス・ケイジになれてなれないことないと思うけど」

「ええ?メイアン、ニコラス・ケイジファン?」

「えー?ブルース・ウィリスのアクション好きだしロビン・ウィリアムスの変幻自在さいいし、ベン・アフレック渋くていいよね。あれ?菫なんでニコラス・ケイジになったの知ってるの」

「秘密です♡」

小悪魔なOLちゃんのような返しをされてはメイアンも苦笑いするしかない。久我はウィリスにウィリアムスにアフレックって共通点ないじゃん!と唸っている。まだまだだねとメイアンは口の中で呟く。菫がリュックを取りに行っている間になんとか笑いを収めた忠遠が目尻の涙を拭き拭き向き直った。

「面が割れているかはさて置き、今のメイアンは五感が削られておるのだ、久我の世話になっておけばよい」

ほら俺正しいと得意気になる久我の額をぴんと弾いて頷いた。

「昨日NSRにかけてくれたあの術は折紙と同じ?」

「左様。そこから先もできなくないが、あれはメイアンの宝物なのであろ?」

「そうだね、そんな使い捨てはできないな」

「わっごめんなさい」

「いいって言ったじゃん。乗りにおいでって言ったのに、遣い走りみたいなことばかりさせて、寧ろごめん」

「なに言ってんの。メイアン乗っけて走るなんて、いいじゃん。役に立つのも嬉しいし」

「ん、ならもう謝るなよ。街乗りらしく丁寧に乗るから、久我の運転、好きなんだよ」

久我はぱっと顔を輝せる。また忠遠が横を向いてにやにや笑っている。昼飯には芥子か胡椒でも仕込んでやろうか。

菫が小学生の背中にぴったりな子供用のリュックサックを持ってきてメイアンに見せる。紐で締めるのではなくゴムになっているのは今時だなと思いつつ、成猫でもいけそうだな、とメイアンは己に術をかけた。一旦飛び立った黄鶺鴒が頭の上に戻ってくる。

「うは、三毛猫♡」

「おぉ?久我?猫好きだった?」

おっ、喋れる。

「猫綺麗猫可愛い猫素敵、だけど俺鳥だからかなぁ、猫触らせてもらえないんだよ〰︎」

「駄目なの?」

「違う違う〰︎猫さん達には俺食糧に見えるか、逆に野生生物で敵認定されちゃうの〰︎」

菫がにぱ、と不可解な笑みになって言う。

「こんなに面白いのに」

「す菫さま怖い」

「は〜い怖くな〜い怖くな〜い」

「それまじ怖いやつですうう」

そんな遣り取りの間に忠遠は指を肩の横でくるりと回して白いジェットヘルメットを出現させた。多分作ったのだろうなと醒めた目で見ていると、また不敵に笑う。

「SG規格適合」

「偽造じゃん」

「子供サイズ」

かぽりと菫の頭に載せる。菫はきっちりストラップを締め、三毛猫のメイアンを吊し上げるように抱き上げた。胴が伸びて脚先からリュックサックにするりと入る。また黄鶺鴒が頭の上に止まったが、菫はリュックの口のゴムを引いて中に入るよう促した。黄鶺鴒は素直に従う。

背負しょうよ〜」

「あいよ〜。じゃ忠遠、ちょっくら行ってくる」

うむ、と忠遠は顎を引く。

タカが早朝のスーパーに出かけたとき、新境地〜!と叫んでいた気持ち、今なら理解できるかもしれない。

Won't you come and play?…来ない?

You'll come and play, right?…来るよね。


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