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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都⑯

「宗教者は地域のカウンセラー的役割というのは古めかしくて、よい。仏陀もそういう気持ちで始めたのだろう」

「そうだね、宗教を開いた気持ちは薄かったんじゃん?」

「えっ、でも開祖って」

久我は目を白黒させる。

「仏陀自身は多分、真っ当な地域宗教を外れていなかったと思うな。如来だ菩薩だっていうのは仏陀の悟りの段階的表現だし。千年も二千年も経つと理解させようとしたり取り込んだりで段々と変な肉づけがされて宗教になる。仏陀は皆んなで心が平らかになるよう涼しい樹の下で静かに瞑想したり問答してただけじゃん?」

「べ、勉強してみるよっ」

「ちょっとした哲学だと思ってやんなさいよ。宗教ど嵌りは客観的に痛苦しい」

「神はいる!なんて開眼しないよ、やめてよ」

鼻白む久我を少々揶揄いつつ、メイアンは忠遠に向き直った。

「これの続きを教えてくれる?」

メイアンは折紙の束から適当に一枚引き出して、特になにも考えず鶴を折った。そして忠遠にもらった八卦図を通す。折鶴は鶴にはならず、背中が濃い灰色の小鳥になった。尾羽は少し長め、風切羽は白い縁取りがあって畳むと後ろに縞模様ができる。雨覆も先が白く風切羽を覆う。目の上部に白い過眼線。腹は淡い黄色…少しだけオリーブ色を含んでいるが前の方は白っぽい。黄鶺鴒。

「ふふっ、絡繰に気づいたか」

メイアンは頬を膨らませる。

「何度やっても薔薇はピースでチューリップはガブリエラだった。想像力、心っつーか脳の中っつーか、そこにどれだけ深く刻まれているのか…もう薔薇っつったらピース、みたいな条件反射的な道筋が今一番太いんだろう。折紙は想像力を助ける視覚的効果みたいなもんなんじゃん?ならもう逸そ鶴折って黄鶺鴒になれ、で充分だ」

「これまた暴論を…まあよい、そこまでよくできておる…視覚と聴覚、嗅覚をのせることができるぞ」

「またまたぁ。本当のことをちゃんと言えよ。全感覚をのせることもできるんだろ」

「のせても良いが」

忠遠は不遜に笑む。

「こっちでなにもできなくなるぞ?」

「あー…なにも全感覚をそっちにのり移らせようとは考えてないけどさ。こう…膚を伝ってくるちりちりした感じっていうの?あれ、持っていかせたいんだよね」

「殺意とか殺気と呼ばれるあれのことか。うむ…複合的なものだと思うのだが」

黄鶺鴒は忠遠とメイアンの周囲をぐるりと飛び回り、メイアンの肩に止まった。

「殺気そのものが存在するとは思ってない。殺意を持って生まれる体温上昇、呼吸の変化、非日常な体の使い方、発汗、跫、目線の変化…それを視覚聴覚嗅覚だけでフォローし切れるかな」

「味覚は要らなくないか?」

「目と鼻と耳は繋がっていて、目で処理したものは鼻を伝って口に流れ込む。そういう情報も、多分入り込んでる。膚に衝撃波や熱、冷気なんかも大事だ」

忠遠は欲張っとるのうと呟いたがなんだか嬉しそうである。

「今日のところはまず感覚を三つ、全感覚を明け渡すとメイアンが置物になってしまって熊と菫に要らぬ手間をかけさせてしまう、三割は確実にこちらに残せ」

「残せって言われてもやり方…」

忠遠は問答無用となにも答えない。

「視覚。掌に載せて送り込め」

送り込めとは如何なると発しようとしたとき、折紙に通した八卦図が見えた気がした。視覚、と口の中で念じると、図の中の何文字かが色を纏って光った。黄鶺鴒が上向きにした掌に飛び移ってメイアンと向かい合う。どうする?と問うように体全体を傾けて見せた。

そりゃ七割渡すから、確り見てきてよ。図の文字が再度光って全体に馴染んだ。

「嗅覚いくか。これがこっちで機能しなくなるとなに食っても旨くなくなるのだがな」

「それ今言う?」

嗅覚、七割。別の文字が違う色味で光り、そして念押しのように再度光って馴染む。

「聴覚渡すと耳遠くなるのか?」

「言わずもがな」

「惚け始めた老人みたいだなあ…しゃーない、色々聴いてきてよ」

聴覚、七割。また別の色で光り、念押し、馴染む。

感覚に不調は無い気がする…否、視界が変わっている。全体的に薄暗く、焦点は合っているのだが像が粗い気がする。視野そのものは変化無いが真正面を見据えると視野の端の方は色が面妖しい。赤紫を帯びたグレーであったり、青緑の滲んだ無彩色…成程、色覚も持っていかれて、足らない分は正面だけに集中させてるのか。なにより、見えていると感じる別の部分で映像が映し出されている。それは正面から仰視する自分の顔。これがこの黄鶺鴒の見てるものなんだな。ぢぢっと鳴いて首を傾げたが像は揺らがない。鳥は飛ぶもんな、視界が角度で変化してたらそりゃ宜しくない。おそるべき鳥類の視界補正能力だな、と思いながら手の甲を上に向け、中指に止まらせる。

「純恋ちゃん家、どこ」

「現代クラスメイトの家族が犯罪者になるのを防ぐ為、住所録は配布されておらぬ。把握しているのは学校のみ」

「それと仲のいいお友達だけってか…学区内全部探すの、嫌だなぁ…」

すると久我が魚を見つけた五位鷺の顔で言った。

「や、錦小路近辺でしょ」

「久我?」

「やだなメイアンなに阿呆になってんの。学区内に何軒コンビニあると思ってんの?うちの系列だって他にあるのに、なんであそこ選んで買いに来たの。近いからじゃん」

「あ、そか」

「特段うちの系列じゃなきゃ買えないようなものも無かったし、オリジナルブランドを選んだのは公倍数だったか安いからだ」

久我から公倍数と出るとは思わず少々面食らう。

「それに菫さまがご存知なのでは?」

「菫さまってあのな」

横で忠遠が座卓を打って笑い転げている。なんでこんなところだけ笑上戸なのだ?

黄鶺鴒、雌。

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