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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都⑮

「子供ができた…は、理由としては後づけだろうな。寧ろ女の方が隠して日本に戻った筈だ。本人は怪我をしなかったのか?」

「聞いてないな。割とぴんしゃんして戻ってきたと記憶してる」

忠遠は顎を掴むように考え込む。

久我は声を潜め手を衝立にしてメイアンに囁きで尋ねた。

「メイアンは、行かなかったのか?ガザ」

「丁度休暇取ってて、アメリカにすらいなかった。2014年はガザもそうだけどリビアやウクライナもどんぱち始めた頃合いでね、ウクライナの方の要員としてもうカウントされてた」

久我は少し迷ってから尋ねた。

「…ガザに行かなくてよかったと、思ってる?」

メイアンは小さな驚きをもって久我を見詰め返した。そしてふっと相好を崩した。

「久我、いい子。あ、子供扱いじゃなくてだね」

久我は素直に微笑んだ。

「いい男、じゃない意味わかるよ。性別ジェンダーじゃないんだろ。人格を褒められた♡」

メイアンは腕組みして首を捻る。

「こんなに察しが良くて、気の利いた久我をどうしてこの世の女は放っておくのだろうかね?」

「金持ってなさそうだからじゃん?」

「そこはさ、私が食わしてやる!くらいの気概を見せるべきなんじゃないかな?」

「俺ヒモなんかやだよ」

「そこは現代主夫という」

「小姑が洩れなくついてくるよ」

「ついてこないでしょ」

「どうだかねぇ…」

忠遠は大長考に入っていたようだったが、不意に顔を上げてこそこそ話すメイアンと久我を見、なにかに思い至ったらしい。

「セヴンホークは、今どこに逗留しておるのだろうか」

「えぇ?」

久我とメイアンは顔を見合わせる。どこか宿舎を見つけているのだとしたら、観光地である京都には星の数程そういった施設はあるのだから特定できまいと返事をしようとしてメイアンは口を開きかけたが、忠遠の言葉が疑問でないと気づいて一旦口を閉じる。

「純恋ちゃんとちょろちょろ買い物に出てきてるってことは…久我、この写真何時の?」

「早朝。朝食用に食パン、卵、ベーコン、コーンスープの素、サラダ用の刻み野菜。オールスターだった」

直ぐさま意図を汲んで久我は答えた。

「昨晩到着かね?或いは昨朝は間に合ったが今朝の分は足らなくなってしまった。ここ数日の裡に到着した。メイアン、このタイミング、どう考える?」

「嫌な訊き方すんなよ。セヴンホークとハーバーのクローンは繋がってんじゃないかって、タイミングピッタだろこれ。やだねえ、やだやだ」

倦厭を見せるメイアンに忠遠は満足そうに頷く。

「まだ誰かを待つのだろうか?」

「なにをするのかにも、よる。多分純恋ちゃんが寝つくまでは行動を起こさないと思うけどね〜。母親がどういう仕事に就いているかにもよるし」

「メイアンの予測は?」

「看護師だと聞いたけど、どういう立場かな…母子家庭の世帯主、稼ぎ頭だから、相当小さく見積もっても月収二十五万は欲しいところだよな。すっとセヴンホークが入り込めたっつーことは母親と純恋ちゃんとだけの暮らしなんだろうかねえ?もしかしたら…彼女の両親も共に暮らしている?もしも二人暮らしなら、日勤オンリー、学童も使って最大十八時までの勤務。親もいるなら夜勤も可能。十年前ガザにNGOで入っていることを考えるに、現在三十代ぎりっぎり、四十五までくらいかな。病院としては中堅の年齢だけれど、平穏な社会での医療活動期間が多少抜け落ちてるから、師長なんてポストには就いていないだろう。うん、町医者のところにいる看護師じゃなく、程々に大規模な…大学病院とか、基幹病院とか、かな?」

「根拠を知りたいね」

「NGOでガザなんか行くか普通」

「いや行くだろう、NGOはそうやって存続しとる」

「さっき言ったの聞いてた?ガザは極右のハマスの実効支配地域なの。原理主義なの。そこに看護師とはいえ女性の身で行くか?」

久我がぽんと手を打つ。

「メイアンがその時期に休暇を取れたのも、それかな?」

「そういう配慮はあったと思う。ガザの女性はね、年齢に応じた綺麗な刺繍のスカーフをすっぽり被って冬を越す。夏の間も木陰や小路の日陰で丁寧に丁寧にひと針ひと針刺してゆくんだ。夏は強い日差しを避けて、男共の無遠慮な視線を避けて、慎ましい暮らし。勿論裕福になったらなったで変わるだろうけどね。そんなところに看護師だから傭兵だからってただ男装してるとしか思えない服装で入り込むのは難しい筈だ。まあ、看護師なら三角巾に毛が生えた程度のものを後頭部にぶら下げておけば申し開きはできるのかな?それでも彼女は行った。意識高いの?病院からの割り当て?強要はされない筈だけど」

「親が聖職者とか?」

「やめてよ幾ら京都にお寺が多いからって…や、寺は、ないな。うん、ない」

「えっ、なんで?」

「寺は僧侶とその家族の住居でもある。もし家族が僧侶にならず僧侶が途絶えたら、その家族はもうその寺には住めない。宗派から新たな僧侶が送られてきて元の住民は出てゆくか、僧侶を配偶者として迎えるかしなければならないんだ。セヴンホークが僧侶?ないない」

「や、でも…」

「僧侶になるにはちゃんと修行しなきゃならないんだぜ。がっつりプロテスタントなんだし」

「そうだな、面白半分で僧侶の修行体験に踏み込む外国人、特に白人は多いが、彼らはどうやっても神を捨てることはできないらしい」

忠遠は静かに頷いた。

「宗教ってそんなに厳密なもの?」

「どんなものにも畏敬を持つ日本人気質に一神教は馴染み難いんじゃん?逆もまた然りで…いいかい、久我。他人の心の拠り所に吝をつけない。これはね、宗教に寛容かどうかという生易しい内容じゃない。心の裡だから、プロテスタントの神やめましたって、それでもいいんだよ。でもね、本人がもし偽っていたらその裡病んできちゃう。僧侶ってのは心のエキスパートとして存在する、だから病んだりしちゃアカンのよ。それも信仰に纏わることでなんて」

「医者の不摂生より悪いんだ…」

「そうだね。まあそれでも病む僧侶もいるだろう、仕方ない」

「宗派宗門の威信がかかってるもんな。そこをどうこう言うつもりは、ないよ」

「C’est pas mal. おっと、論点がずれたぞ。忠遠、脱線してんの黙って見てるのは悪趣味だ」

「お前さんの宗教観が面白くて、つい」

「もっと悪趣味」

C’est pas mal.=まあ、悪くない。

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