2023年5月、京都⑭
メイアンは明るい声色を出してはいたが、目線は誰とも合わなかった。
「どうせ世界の全ての貧しいところの解決なんか、誰もできない。セヴンホーク自身さえ、たった一箇所だって無理だ。なら、富の山にちょっとだけ穴を開けてやろう。こんな感じ。だからって物資を横流しするとかそういうことはしないんだよ?」
「それが軍事会社に所属するのとどう繋がるのだ?」
「紛争地帯へ赴く。これは傭兵特権みたいなもの。そこで与えられた任務を最大限に曲解するんだ」
「曲解?」
「そうだな…今ロシアがドンバスでロシア人の子供がウクライナに不当に拘束されているので解放して本土に連れ帰れ、って指令が結構出てる。これ、イギリスが十九世紀に行った児童移民計画と大して変わらないんだけどね…ま、そういう指令を受けたけど、やるか、やるまいか。大体ロシア人だウクライナ人だってどこで見分けるのさ。本気でロシアに避難したい家族だけ、ロシアに連れ帰ってやればいい、こういう対応にする。違法な児童移民に手を貸す必要はないからね」
「えっ、えっ、児童移民?なにそれ?」
久我は眉根を寄せて呟く。
「あとでホームチルドレンって検索してみな。イギリスの孤児が、慈善事業の皮を被った奴らに勝手にカナダやオーストラリアに送られて強制労働させられた歴史が出てくるよ」
久我が唖然とする横で忠遠は渋り切った顔になっていた。
「えげつないな。仮にロシアがウクライナの戦災孤児や親と逸れただけの子供を問答無用でロシアに連れ帰っても、優しい気持ちで養うわけではあるまい。食い扶持は自分で稼げなんてお題目で強制労働が見え見えだ。奴隷を攫ってくるのとなにが違う」
「そう。セヴンホークはそういうの見えてるから、曲解って裏技に出るんだ。正規軍じゃできないことだよ」
「聖人君子か」
覗き込むように久我はメイアンを見たが、目が合わない。態と逸らしたのかもしれない。
「んなわけないじゃん」
「いいことしてるし」
「銃構えて手榴弾投げる聖人がどの世界にいるんだっての。全部が全部いいこととは限らないから。セヴンホークの基準に過ぎないんだ」
「…結局この男もアメリカ人、ということか」
忠遠は溜息を吐いた。意味がわからなくて久我が答えを求めるように忠遠を見、メイアンを見と首を振る。
「世代故に人権民権を理解している、右寄りな男なんだ」
「差別には至らないけど?国粋主義的な?」
「アメリカファースト程過激なことは言わないが、イスラムは気に入らない」
「ええ?馬鹿なの?同じ経典なのに」
「それキリスト教徒には理解し難いことなんだろ」
「ファタハやハマスに躊躇い無く引鉄が引ける、とな?」
するとメイアンはやっと顔を上げた。
「あのね忠遠。そいつらを一括りにしちゃなんないから」
「そいつら?」
「同じパレスチナを実効支配してるとはいえ、ヨルダン川西岸地区を実効支配するパレスチナ解放機構主流派ファタハは中道左派。ガザ地区を実効支配するのはハマス、こっちは極右、滅っ茶原理主義。全然性格が違うし、立ち位置も違う」
また出た右と左。左がリベラルで右が伝統尊重だっけ?と久我は必死で頭の中を回転させる。いや待て、イスラムにおいてリベラルと伝統主義ってことだろう?と自問してみる。原理主義って言わなかったか?
「PLOは鱈子唇のおっちゃんがなんだかんだオクシデント側に門を開いていたからイスラエルも2014年ファタハを通じて和平交渉を始めたんだ。とはいえ、攻撃対象だったのがガザで、狙いはハマスの拠点とか言いながら、カフェでワールドカップ見てる人殺したり小学校に軍艦からミサイル撃ち込んだり、イスラエルもイスラエルだけど」
「ハマス側にも非がある?」
「ニュース見てなかったの?一発撃ち込まれたら十発にして返すような連中なんだよ、双方共。軍事拠点を潰す軍需工場を潰すなんてお題目でやり合ったけど、その裡どっちかを殲滅するような…おっ始めるだろうなあ」
「どっちか?」
「や、どっちかっていうか、イスラエルが、パレスチナの住民を、かな」
「…逆かと思った」
「世界的に…ユダヤ人を殲滅、というのはナチスを想起させて体面が悪いのと…ネタニヤフが兄を左のテロで失ってるから」
「んんん?だって、今ハマス…」
「右の連中は原理主義、聖地を完全にイスラムにと考えてるから全滅あるべし。左の連中には私怨があるからこれもまた全滅あるべし。故にパレスチナにはイスラミーは不要、と考えてるんじゃないかな。よく一ヶ月で停戦したもんだ」
流石に忠遠も色を失っている。
「一国の元首が、私怨とは…」
「ベンヤミンはヨナタンを神のように慕っていたそうだからね」
「おおおおお俺こここ怖い世界にいぃ生きてたんだなあぁ…」
久我は真っ青だ。
だが忠遠はそれでも瞬時に己を取り直したらしい。
「セヴンホークはどう関わってくるのだ?」
「だから、2014年のガザ侵攻に派兵されてる。勿論、イスラエル側として。で、思い出してほしいんだけれども、純恋ちゃんは、今何歳?」
久我の持ってきた写真に手を繋いだり保護者然として写っていたセヴンホーク。菫が、熊が、純恋という娘はハーフっぽいぞと断言していた。
「熊達、二年生だよな…八歳…」
「セヴンホークは停戦以後クレイウォーターを辞めている。傭兵が軍事会社辞めるったら、フリーランスになるか、なんかあったかしかない」




