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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都⑪

柳家小さん、ニコラス・ケイジ、津田梅子、ピンクレディの両名、岩倉具視と遊ぶように姿を作ったものの、記憶に曖昧なところは人物に不似合いな肌艶や髪の張りなどになり、記憶と想像力がものをいうのだということを実感したところで輝媛はまた来るわと微笑んで玄関から立ち去った。数分もしない裡にランドセルを背負った菫と熊が帰宅してきた。

「たっだいま〜」

「只今帰りました…」

元の姿に戻っていたメイアンは座卓から振り返る。赤系茶色のランドセルの熊とオフホワイトにオーカーの刺繍の入ったランドセルの菫の組み合わせは可愛いなといつも思う。

「お帰り。熊、折角豆ご飯炊いてくれたのに起きてこれなくてごめんね。ちゃんと食べたよ」

「メイアンが疲れ切っているみたいで、無理に起こせませんでした…」

「心配かけちゃって、ごめんね。起こさないでくれるなんて、熊は優しいよ」

「菫も遠慮したのにぃ…」

「勿論菫も。宿題終わらせたらおやつにしよう。昼にパウンドケーキ焼いといたから」

「やったー!」

熊と菫は高いところで手を打ち合わせ、小躍りしながら自室へと下がっていった。

「何故輝媛にお出ししてやらなんだ」

「ちっちっち。ふたりの分を切り分けるのに冷ましてたらちょっと時間食っちゃって。残った分は忠遠好みにしてあるよ」

忠遠は心外そうに言った。

「酒を振るなら熱い裡だろうに」

「詳し!へへっ、大人向けには二度焼きしてあるんだ♡だからたっぷり振って超しっとりだよん。だから輝さんには、明日♡」

忠遠は稍読み取り難い表情を一瞬見せたが、それもすっと押し隠した。踵を返そうとしたものの、不意に動きを止めた。

「…熊達用のは、三等分にできるかね?」

「誰か来るの?酒気帯び厳禁…久我かな?」

忠遠は黙って顎を引く。

「Oui, ça va bien.」

「お前さん、ちょっと嫌なことがあると直ぐフランス語に逃げるのう」

「…久我は嫌じゃないよ?」

「韜晦しよって」

メイアンは肩を聳やかした。

「そうだよ、今久我が持ってくる情報は心地いいものじゃない、そのくらいの予測はつく」

「察しの良いのも、また哀れだな」

「…哀れなのは、久我さ。有益な情報見つけた!って喜び勇んで持ってきてくれる。ありがたいけど、ありがたくない。そんなところに思い至ったらば、久我はきっと、辛い」

「自己嫌悪には陥らせるなよ?」

「…努力する」

メイアンは台所に行ってパウンドケーキを切り分けていると軽い跫がして熊と菫が俎板の上を覗き込んだ。

「わあーっ、マーブルだぁ!」

「へへ、買い物序でに板チョコ買ってきちゃった♡紅茶淹れるね」

「はーい」

ふたりはひとつずつ皿とフォークを持ち座卓へと運ぶ。ポットに茶を用意して持ってゆくとアメリカ土産のマグカップを準備して待っていた。

「もう宿題終わったんだ?」

「漢字と虫食い算だけですから」

「そっか、熊達にはちょろいよね」

「菫はおっちょこちょいなのでこの後見直しをします」

「完璧じゃん」

元気よくいただきまーすと声を揃えておやつを食べるふたりは薔薇が一本だけ混ざっているチューリップの花瓶についてはなにも言及しない。

すると玄関からこんちはーと久我の声がした。物臭に座卓から返事をしようとしたメイアンに、菫は珍しく鋭く発した。

「ちゃんと出迎えた方がいいよ」

熊もフォークを止めてうんうんと頷く。

「ここは忠さんのお家だからそういうことし難いけど、声だけ真似して入り込もうとする奴も考えられるから」

「…あぁ、ターミネーター2でT-1000がその手を使うね」

流石は忠遠の薫陶が染みついてると思いながら玄関に向かう。やってきていたのは問題なく久我だったが。

「バイトは?」

「今日は錦小路の店に朝から入ってた。ちょっと気になる客がいて」

ノベルティらしい可愛い系の絵が全面を占めているクリアフォルダを手にしている久我を招き入れ、茶の間に通し、パウンドケーキを持ってくる。

「ごめん、端っこで。来ると思ってなかったからさ」

「メイアンが焼いたの?うっわ嬉しいな」

紅茶はポットに茶葉を足して湯を注いできた。雑さにかけては忠遠と遜色ないなと皮肉に思う。濃いめに出た紅茶をカップに注ぎ、久我の前に置く。先立って熊と菫が同じものを食べているから、久我には忠遠の予見があったことなど綺麗に覆い隠せたことだろう。

「これ、見てくれる」

久我は半分程食べ進めてから一旦紅茶で口を空けてクリアフォルダを差し出した。A4の紙が数枚入っている。昨日北白川からメイアンが持ってきた映像にアングルや画質が似ている。特定の人物を選んで印刷してきたらしい。小学生程の女児と手を繋いでいたり、明らかにその保護者であるらしい行動のように見て取れる。

「…っ」

メイアンは言葉を呑み込んだ。稍年齢が進んでいたが知った顔だったからだ。

「足元がさ…昨日の半端なミリタリーと似てるなって。他の衣類はワークマンっぽいんだけど」

ズボンはカーキというかモスグリーンというか、ミリタリーで通用する色合いで裾をブーツの中にすっかり仕舞い込んでいるが、サイドポケットなどがどうにも工事現場で作業員が着用しているものに近い印象だった。なにより、上半身は真っ赤なポロ型。赤は流石に無いな、とメイアンも思う。だが顔立ちは完全に白人のそれで、久我のアンテナに引っかかった靴…レースアップのブーツは黒、脱着を完全に無視した履き方。

「日本に、特に京都にいる以上靴を履いたまんまではいられないだろ?なのにそんな上まで確り編み上げて履くって、習い性?」

「かもな」

クレイウォーターは民間軍事会社とはいえ、正規軍の補強として投入を予測している。細部まで正規と同じレベルで規律が守れなければ補強にはならない。少なくとも、正規軍の前では…そんな使い分けができる器用さなんか身につけるくらいなら日頃からみっちりちゃんとしてろ、口癖だった。

拙い、あまり押し黙っていると久我が不審に思うだろう。メイアンは無理矢理口の端を上げた。

「足元を見るとは是商売人の基本だな久我」

ほら久我は認められて嬉しそうだ。

「へへ。コンビニだけど、販売トークはある程度必要だからね」

「そうなの?コンビニのレジって略自販機の支払い機械みたいなものかと思っていたよ」

「…そういう方向に舵を切ってるコンビニチェーンもある。レジを完全自動化、現金授受さえも投入口へどうぞ的な。そっち使い慣れてるとどこに金入れるのって手が彷徨ってる客も少なくないね」

「人はレジ機の不調と釣り銭不足だけを見守ってるだけって、完全に機械のしもべじゃん。やだねー。えっ、じゃあ久我んとこは違うの?」

「経営者の考え方かもしれないし、来年新紙幣導入の対策で完全機械化を態と遅らせているだけなのかもしれないんだけどさ。割と人力対応っていうか、接客してる。コンビニで商品説明って要る?とか思うよね」

「でもいちいちメーカーサイトにアクセスして味だとか機能の説明を読み比べたりなんて味気ないよ。店員の主観の入った説明も面白いもんな」

「そう。REDって書いてあるやつ指してこれ辛い?って訊いてくる婆ちゃんに、俺には辛いけど、と思って説明すると案外火を吹くような辛いもの好きだったりして、説明する側もどきどきするよ」

「翌日来て辛くなかったとか言われちゃう?」

「や、京都なんで、繊細な舌をお持ちやな、だね」

「やだね!遠回しにお子様味覚って言われてんじゃん」

「特有の言い回しはね、まあ仕方ないんじゃん?唐揚げ一個増量で二人で分けやすいですよとかおにぎりの金額を満たせばドリンク無料券出ますよとか、どんなに文書で提示したって販促トークには敵わない。事実だけ言ってもものは売れないから」

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