2023年5月、京都⑦
俯いて輝媛は絞り出すように言い直した。
「いえ、賭けていたのだわ」
「んん?いっちゃんとのこと?」
「ううん。どなたでもよかった…失礼なことを、本当にごめんなさい」
「どなたって?」
「大成されてる方で申し訳ないのだけれど孤高の川九頭龍さま。ふたりいるけれどふたりでひとつな、同族のない龗。野生絶滅となってしまった朱鷺の子…いえ、他の方でも…」
「他の?」
「千年を経て僚友を失っている四条さまも…一族を失ってしまったメイアン…皆に」
一初が輝媛にも事情があると洩らしていたのを片隅で思い出した。
「皆んな、寄る辺ないね」
「仙になると恋の衝動は希薄になるわ。それでも率直で開放的な、懐の深い貴女に誰もが好意を持っていて…仙は、いえ、永く生きるということには衝動と引き換えなのかしらって虞れていたの…」
メイアンは興味深そうに膝を立てて頬杖をつく。
「輝さんにはそんな衝動は無いの?」
「私には…私事に感けていられないと」
「輝さんは使命があって浮かれていられないと律してきたのだね。だからいつも凛としてるんだなぁ…ふにゃふにゃだね、確りしなきゃな」
輝媛は首を振る。
「貴女は不思議なの…誰でも受けとめてしまえそう…ただ開いているのではなくて、腕を開いて伸ばしてまるで手の届く範囲なら掴んで身の裡に積極的に取り込みそうな…そんな門扉の開き方をしているみたい。それだからか哀しいことも一緒に受け容れてしまうような…」
久我がぽふーっと、と表現していたあれか。
「私もそんな貴女に受け止められたいと…高慢に…本当にごめんなさい…」
メイアンはふっと音を立てて息を抜く。
「賭けてたなんて言うから、メイアンさんに二万点、とかいうやつかと思っちゃったよ。よし来い!ぎゅう〰︎ってハグしよう!貴女のお帰りをまだ聞いていない」
「言ったわ」
「ううん、貴女に抱き止められてない。龍の背からぽろんと落ちた、ほら、受け止めて」
輝媛は頬を染め、腕を広げるメイアンの首に飛び込むように縋る。メイアンはお太鼓を潰さないように輝媛を包んだ。
「お帰りなさい。メイアンたら男前なのだから、もう…朝から酔ってしまいそうよ」
「貴女をハグしたなんて知られたら、この世の全ての仙に敵視されてしまうかも♡」
「されないわ。私にはそんな価値、無いもの」
「卑下はいけないね。貴女には隠れファンがいっぱいいるね。媛媛と敬いながら内心踏みつけてとはあはあしてるかもよ?」
「嫌よう、そんな被虐の男」
輝媛は満足そうに一度額を埋め、メイアンはぽんと輝媛の肩に掌を置いて、それぞれ離れた。
「貴女にお土産」
「まあ、紅花で染めたストール…こんなに濃く染めて、贅沢…」
「目がきらきらして貴女本当に綺麗で可愛い女だよねぇ…絶対皆んな貴女のこと虎視眈々と狙ってるよ」
「んもぅメイアンたら」
「貴女元より敬われるべき地位にいたのかな?あ、解き明かそうとかじゃないからね?だから本質は照れたり羞じらったりの可愛い女だってことを隠してしまって、ここまできたら機械仕掛けの輝媛人形がぎこぎこ歩いていたって誰もが平伏して目も合わせなくなっちゃうわけだよ。貴女は使命?仕事?を終えたら…いや、目処がついたらくらいでいいのかな、そしたらフェロモンでも振り撒いた方がいい」
「嫌よ。そんなへえへえはあはあしてる阿呆っぽいの」
「そこでもまだ真摯にちょっとだけ頰染めて花を一輪差し出す男を選べばいいんでない?」
「耽美ねぇ」
「恋なんて、って言える程経験値は高くないんだけど…最初の最初、相手に存在を認めさせる部分が難所なんじゃん?だから着飾って取り繕って虚勢を張るもの…そこさえ乗り越えてしまったら結局日常に戻るだけでさ。だからここぞってときに力まず頑張れる、そこを見極める機会でもあると思うな」
輝媛は少しだけ皮肉を込めた。
「あらぁ?朱鷺の子はそんなだったの?」
「いやいやいや…最初はがるがるして、次にはふがふがして、段々楓の実が落ちるように掌に落ちてきた。当初は可愛くて目で追うばかりだったのに、気がついたらくるくる回るそれを受けようと掌をね、こう」
両手をくっつけて椀のようにしてみせる。
「…子供のようなことをした。でも落ちてきた方も翻弄されながらも選んで落ちてきてくれた。掌のなかでじんわりいつも光ってる」
「ポエム。ううん、愛らしい姿で喜ばしいの。朱鷺の子、いい方なのね」
「本人と面識は?」
「見に行ったことはあるけれど、あちらが憶えているかどうかしら…」
「ではその裡にでも。一初。彼の名前だよ」
帛紗に包まれ真田紐をかけられた桐箱を開け、更に鬱金染の絹を一枚一枚と捲って開示したような、そんな取り扱いでメイアンは彼の名を伝える。憧れちゃうわと輝媛は本当に微かに洩し、顔を上げた。
「ふふ。だからいっちゃんなのね」
「今学校へ行きながら二つめの庭を作っているんだ。叶うなら一緒に作りたいのだけれど…今は庭を作る為の安寧を守る方に専念かもな。貴女にもその庭を歩いてほしいよ」
輝媛は可笑しそうに口に手をやる。
「村上のピンクのお庭ね?ちょっとした話題なの。その二つめだなんて期待が募るわ。ああ、だからストールはこんなに濃い色なのね?」
「ああーばれちゃった」
メイアンは苦笑いになる。
「独占欲ねぇ。鴇色を贈っちゃ駄目って…ねぇメイアン。私また貴女に賭けてもよいかしら?」
「なにに賭けるの?下衆いのは嫌だよ?」
「貴女達が一過で終わらないことを…ここより永く続くと…」




