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2.厄介事の予感

 この世界は複数の国で構成されている。

 中央の国を覆うように東西南北に国があり、それぞれの特色を保ちつつ交流を行う事により発展し今の国家の基盤となっているのだ。

 東に位置する国ヴァストーク。多種多様な部族がひしめき合う争いの多い国で、肉体的にも精神的にも強靭な戦士が男女問わず多数存在する武闘派国家だ。国家とは名ばかりで、揉めた時は腕力で解決する事が多いと聞いた事がある。

 西に位置するオヴェストゥ。貿易を主体とした陽気なお国柄の国で、社交的な人間が多く商人が金を稼ぐ事を生きがいにせっせと頑張った結果、どの国よりも資金が潤沢な国家となった。

 南に位置するズュート。魔法と呼ばれる不可思議な現象を生活に取り入れ、神秘的な暮らしを全うするミラ族と戦いに流用できないかと考えるワン族の二大部族が、国内で静かに火花を散らし冷戦状態が継続中だ。

 北に位置するノール。生活の全てを機械という鉄の塊で出来た物体で賄い、損傷した体の一部を機械で代用するという技術のお陰で医療・福祉の分野でも他国より秀でており、技術者が数多く存在し学問としても学びたい者が後を絶たないという。

 最後に中央に位置するケントルム。四方を異なる国に囲まれ、全ての国の文化や技術、人種の全てを国内に見事に治めた中立国。他の国と比べ治安が格段に良く、その理由はケントルムにしかない学園の存在が大きい。学院と呼ばれる専門の学科を学ぶ学問機関は各国に数あれど、学園があるのは中央国ケントルムのみだ。

 学園とは大まかに分けて6歳から12歳の子供が通う初等科、13歳から15歳までが通う中等科、16歳から18歳までが通う高等科に分けられる。学園を卒業した者は様々な科を専攻し学園の教師や学者になったり、色々な場所へ赴き冒険者や傭兵と呼ばれる者になったりと選択肢は多い。

 学園では知識と共に戦闘技術を教え、授け、生徒の成長を手助けする。

 この学園に入学すれば四方の国の知識や技術を可能な限り学ぶ事が出来、尚且つその後の進路の選択肢が増えるため入学希望者は後を絶たない。しかし、入学条件が明確に設定されているため入るだけでも狭き門なのだ。

 血筋が貴族である事。

 学園の関係者の推薦がある事。

 学園に入るにあたり相応の力があると判断される事。

 どれかひとつでも条件を満たせれば入学は可能なのだが、一つ目の条件は生まれの時点で決まっているし、二つ目の条件も生まれの時点でほぼ決まる。なぜなら、関係者=貴族というパターンが多いからだ。そして、三つ目の条件で入学となると絶望的になる。

 学園に入る実力、というのは自身には目に見えない物だし、何より判断する試験官の匙加減でどうとでもなる。もしも、賄賂なりなんなりを渡し、入学出来た者が居たとしても実力が伴っていない場合が大半のため、進級出来ずに留年、もしくは中退し学園を去っていく。だがしかし、学園に入学し卒業が出来たなら、それは身一つで生きていけるという証明になる。

 この世界にはモンスターが生息し、人間の生活を脅かしている。が、国内でモンスターを見る機会はほとんどない。理由は物理的に弾かれているからだ。居住区画とモンスターが生息する地区との間に堅牢な石の壁が反り立ち、目には見えない魔法障壁が壁の外側と内側を覆い上空と地下を含め球状に包んでいる。

 現状、侵入は不可能だが何事にも例外というものはある。

 障壁の中で人為的、もしくは偶発的にモンスターを発現させた場合はその限りではない。

 目的や用途は様々だが、年々そういった事例が増加しており、そういった場合、戦う術を持たない一般人になんとかしろという方が無理な話だ。

 学園、とは。そのような事態に学生を向かわせ、事態の収束、または解決を目的としたある種の機関だ。学園が生徒の身分や実力を保証していると言っても過言ではなく、だからこそ入学にも厳密な条件が設定されている。

 危険はモンスターだけに止まらず、同じ人間のなかにも勿論潜んでいる。治安が良いといっても、数多の人間や文化が交差する国家だ。平和な地域もあれば、荒事が頻繁に発生する場所だってある。

 生活で困ったら学園に相談する。この国に住む人間の全ての共通認識であり、それ程までに学園への信頼は篤く実績もある。

 そんな学園の入り口に、父親の職場がある。

 ケントルムの中央部、白亜の壁に囲まれた円の中に学園がありその手前に詰所と呼ばれる建物がある。大きさは平屋で縦横20メートル程の広さで、そこには学園の雑務を一手に引き受ける職員が駐在している。学園の教師とは別の職員がここを利用しており、主に警備を担当する人間が多い。名ばかりの警備ではなく、ある程度の実力も必要で出入りするには高さ3メートルはあろう頑丈な木の扉を潜らなければならず、自分で開ける事が出来るというのが最低条件だ。単純に自分の膂力で開けるもよし、魔法や機械で開けるもよし、破壊さえしなければ特に手段の是非は問われていない。

「お疲れ様でーす」

 そんな詰所へ通じる通路のど真ん中で。声を張り上げ、両手で担いだ木箱を持ったまま挨拶する。間もなく、向かって門の右側に建てられた小屋から門番が出てきて、軽く木箱とこちらを確認し門の横の扉を解錠してくれる。警備の担当外の職員はみんなこっちから入るのだ。

「いつもご苦労な事だな。今日は?」

「物資の配達と、父さんに用事があって」

 顔なじみの門番といつもの会話。頼まれていた日用品や消耗品の入った木箱を手渡し、強張った体を伸ばしていると、少し困った顔で言葉を濁す。

「あー…。アキヅキ様は、今ちょっと取り込み中でな」

「そうなの? まあいいや。居る場所だけ教えて」

「応接室だ。しかし…本当に行くのか?」

 しつこく念を押されるが、前言撤回をするつもりはない。取り込み中だが何だか知らないが、行ってみて邪魔になるようなら引っ込んでいればいいだろう。

「行くよ」

 門番に開けてもらった扉を躊躇なく通過する。建物に入ってすぐ、右手の応接室の扉をノックする。

「失礼します。入っても大丈夫でしょうか?」

「入りなさい」

 入室すると3人の学園職員が父さんの前に集まっていた。その中でひときわ目立つ赤い髪の男性と目が合う。微かに見開かれた瞳が僅かに交差し、その奥に目当ての人物を発見する。

「イオリ。いい所に来たね」

 父さんに手招きされ、近くへと駆け寄る。

 アキヅキ・ヒイラギ。眼前の柔和な笑みが似合う男性。自分の父親であるとともに、学園詰所の責任者だ。学園への依頼の仲介役も兼任し、尚且つ現役の学園教師であるため新入生への指導を行ったりもする。

 今年48歳になったと記憶しているが、年齢を感じさせない精悍な顔立ちと体格からは些かの衰えも見えない。そういえば、最近白髪が多く生えてきて困るとぼやいていた。

「何でしょうか?」

 職員達に軽く会釈してから、父に向き直る。

「うん。まぁ、話が長くなりそうだから座って話そうか」

 父が備え付けのソファへと目線で促す。重厚な木の机を中心に赤いベルベット張りのふかふか椅子。上座と下座に一人掛けが一つずつ、両側に二人掛けが一つずつだ。下座にまず自分が座り、下座から向かって左側に職員二人、右側に赤髪の男性、最後に上座に父さんが座る。相変わらず座り心地抜群だ。

「私の手前からヘンリー君、トーマス君。学園の職員だ。そして、学園高等科主任のユーゴー・ヴァーミリオン君だ」

 赤い髪の男性―――ユーゴーは眉間に皺を寄せ、ため息をひとつ吐くと不機嫌な表情を隠す事なく、父に唸る。

「アキヅキさん、本当にこいつで大丈夫なんでしょうね?」

「大丈夫、とは?」

 初対面でこいつ呼ばわりも大概失礼だが、父への物の言い方に正直イラッとする。が、そんな事はおくびにも出さず話の流れを見守る。

「年齢的にはOKだとしても、学園でやっていける力はなさそうだが」

「おやおや。それこそ、要らぬ心配ですよ」

「…ところで。この部屋でかくれんぼしているのは、学園の職員ですかね?」

 入室した時から気になっていた違和感。気配と視認できる人数との数が合っていない。ざっと感覚で探っただけなので、正確にどんな人間が隠れているのかは不明だが、確実に自分から見えない所に誰かがいる。

「かくれんぼだと?」

「はい。天井裏に二人、ドアの側に一人。あとはー、ここかな?」

「待っ…!」

 ソファから立ち上がるとヘンリーの制止の声を無視し、父の背後の執務机の椅子を引き出す。中から10歳ぐらいの女の子が慌てて出てきた。ショートボブの似合うくるくると波打つ赤みがかった黒髪の少女。驚いた顔で見つめるその瞳は綺麗な鳶色だ。

「ノエル様!」

 振り向かなくても感じる魔力の塊の出現。膨れ上がる熱気と肌をじりじり焼く感覚。背後に火球が出現しすぐそばまで迫っている。

 いやいや、何考えてんだ。屋内で魔法をぶっ放すとか、正気の沙汰じゃない。女の子ごと燃えるじゃないか。

 驚いたままの少女を懐に抱きこみ、腰から素早く短剣を抜き去り火球を真っ二つに両断する。割れた火球の半分が天井へ、もう半分がユーゴーの右頬を掠め背後の壁にぶつかり四散する。上から悲鳴が2つ聞こえたので、やはり自分の感覚は間違ってなかったようで何よりだ。

「あっぶな! この子、殺す気ですか?」

「すすすすすすすすみませんっ! 気が動転してしまって、そのぅ」

 短剣を鞘に仕舞い、詰め寄る。しどろもどろに謝罪するヘンリーとは対照的に、なぜかユーゴーの雰囲気が和らいだ。興味深そうにこちらを眺めているが、何が彼の琴線に触れたのか。

「ノエル様大丈夫ですかっ⁈ お怪我はありませんか? 生きておられますか?」

 トーマスが腕の中からノエルと呼ばれた少女をひったくる。全身を触って確認し、怪我がない事に納得すると髪の毛やら衣服を丁寧に直している。それを満更でもない顔で受け入れる少女。

 改めて見ると、美少女だ。ふわふわパーマに白いフリルのブラウス、足首まで覆う長いスカートは中にパニエが入っているのかボリュームがある。

 まさに絵本の中から出てきた女の子といった感じだ。

 ただ、二人は少女をノエル『様』と呼んだ。大の大人が10歳ぐらいの子供を様付けで呼ぶなどそうそうない事だ。貴族のご息女といったところだろうか。

「成程。確かに、要らぬ心配だったな」

 品定めをするかのように全身を見られる。舐めまわすように見るとはこの事か。一瞥し、次いで短剣に目を留める。

「マジックアイテムの類ではないな。ただの短剣か。という事は、あの瞬間に魔力を帯びさせ強化して切ったのか」

「正解です。たいした事でもないでしょう?」

「いや、上出来だ。俺の眼鏡には適ったぞ。いいだろう」

 返答にも満足したのか、殊更にいい笑顔でユーゴーが父さんに振り向く。

「アキヅキさん、こいつでいい」

「それは良かった」

 なにが?展開に頭がついていかない。ひとつだけ分かるのは、嫌な予感しかしないという事だ。

 ふと、服が引っ張られる感触。見ると、少女が裾を引っ張っていた。

「ありがとう。おねぇちゃん」

『え゛っ?』

 学園職員三人が見事に固まった。

「お前、女なのか?」

 どう見ても女にしか見えないだろう。確かに、身長は少し高いかもしれないがどこに男に見える要素があるのか。

「イオリは女の子ですよ。私の娘です。スレンダーでスタイルが良いでしょう? いつもゆったりめの服を好んで着る所為でしょうかねぇ。たまには可愛い服を着て、彼氏の一人でも紹介して欲しいものです」

 何だろう。父さんのフォローに、更に傷つけられている気がする。余計なお世話な一言も付け足されたし、こんな所でする話でもあるまいに。

「ま、まぁいいだろう。要望通りだし、一応は及第点だ」

「? どうも…?」

 気まずそうに言い直すと、片手を差し出てくる。握手かと思い、反射的にこちらも手を差し出す。互いの手が触れるか触れないかの位置から、拳が飛んできた。とっさに避けたが狙いは胴体部分か。差し出した手とは反対の腕で拳を払い、次いで振り下ろされた鋭い踵落としを半身ずらして避けたあと、素早くしゃがみ軸足を思いきり足で払ってやる。宙に浮き後方へと倒れていくが、あれだけ動けるなら受け身ぐらいとれるだろう。取れなくても出合い頭に殴りかかってくる奴に気遣いは無用だ。

「きゃああっ!」

 ユーゴーの転落先に少女が座り込んでいる。お付の者共は何をしているのか。近くに見つけたが、恐怖で固まって動けない様子だ。ユーゴーも気づき、回避行動を取ろうとしているが間に合うかどうかは微妙なところ。少女をどうにかするよりも、彼の落下方向を修正する方が被害は少ないと判断し宙に浮いた足首を渾身の力で引っ張る。が、場所が悪かった。態勢を崩した場所がドアの前。浮いた胴体と頭部がドアノブに激突してしまう。

「ふっ!」

 彼の胴体部分を全身で受け止め、そのまま座り込むようにして床に着地する。

 臀部に衝撃。2人分の体重が落ちたのだ。青あざのひとつで済んでいたら儲けものだ。

「いたたた…」

「確かに。女だな。控えめだが、ちゃんとある」

 胸を触られている感触。驚いて見ると、赤い物体が自分の胸元を覆っている。しかも、呑気に人の胸を確認するかのように遠慮なく触っているのだ。

「変態行為も程々にして、退くか感謝か謝罪の言葉を頂いてもいいですか?」

「俺の顔面に強引に胸を押し付けておいて、感謝か謝罪かだと? というよりも、一応女なのだから悲鳴のひとつでもあげた方が可愛げがあるぞ?」

「あっはっは。不意を突いて殴りかかる暴漢に可愛げなんて求められても要らないんで、早く退け」

 咄嗟の事とはいえ頭を胸部で受け止め、押し倒されているような格好の現状はとても不本意だ。

「ふむ? 娶ってやろうか?」

「何この人。会話が出来ないんですけどー。脳みそバグってるんですかー?」

「いや、違うか? まずは恋仲になるところからか。口説いてみせよう。いつなら空いている?」

「父さん、この人専用の翻訳機とかないの?」

「うんうん。仲が良くて結構結構。とうとう、イオリにも春が来たんだねぇ。あ! 最初のデートでお泊りなんか駄目だからね? そこは健全な交際でお願いするよ」

「何?! 駄目なのか?! しかし、合意ならば…!」

「話が脱線しすぎてカオスだよ! というか、結局何で私が呼ばれたのかなっ?!」

 収拾がつかないとはこの事か。

 矢継ぎ早に流れる父さんとユーゴーの会話の応酬を聞いているのも限界だ。

 なのに、この男は。

「脱線などしていない。大事な話だろう。自分が男前である事は自負している。どこに嫌な要素があるというのだ?」

 尚も話を続けようとしている。嫌なのはそういうところだよ、とは思っても言わなかった自分を称賛の嵐で包んでやりたい。

「…カエッテイイデスカー」

 なけなしの反抗は意外と部屋に響いた。



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