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my dear

手に負えない感のあるものに引っ張り回され、ひいこら言いながらも、何とか片を付けて味わうコーヒー。沈みかけの夕日が目元に残してゆく印象をなにか大事にしたい気持ちになって、ひっそり鼻歌のようなメロディーを自分で確かめていた。先輩が「これ飲むか?」と何気なく渡してくれた缶コーヒーは甘さの加減が丁度で、翳すようにぼんやりロゴを見つめている。


いつもいつも『憧れ』は向こうからやってきて、自分にないものを「ぽっ」と知らされる。ありふれてはいるけれど、じゃあどうするのかという段になれば他の人と同じようにそこで悩まされて、時々行き詰まる。入り口の観葉植物に視線を送っているときは大抵そんなとき。



帰路、ものすごく久しぶりにゲームセンターに立ち寄った。賑々しい空気感がほんの少し自分には心強く思え、クレーンゲームの中に自分の世代なら誰もが知っているであろうキャラクターのフィギュアを見つけてほんの少しテンションが上がったのを感じた。



<苦手なんだけどな>



心の中で自分にツッコミを入れながら、財布からコインを何枚か取り出して投入する。不慣れなせいでBGMの音量に驚いたうえに唐突に「挑戦」が始まってしまった感があって、慌てふためいているうちクレーンは箱の横を掠め一回目が終わってしまう。


「これ絶対取れないだろ」


文句を言いつつも、火がついてしまったのか二回三回とチャレンジが続いてしまい、気付いた時には大分残念な状況に。


「あらあら…」


そんな自分の姿に密かに何かを感じ取って同情してくれていた人がいたらしい。後ろから女性の声が聞こえた。振り返るとそこには何かのコスプレをしているとしか思えない奇抜な格好をした女の(?)人が。


「わたし天使です」


呆然としていた自分にその人が初手でそんな事を言うものだからすっかり戸惑ってしまって、


「あ、ごめんなさい」


と何故か謝ってしまっていた。彼女(?)は可笑しかったのか微笑んで、


「謝られたのは地味に初めてですね。こんな格好してるから変な目で見る人が多いですけど」


そのやり取りだけで困惑よりも微笑ましい気持ちになったのは、たぶん色々考えていることが多い日々だったからだろう。その時はあまり色々考えず、<その状況を楽しんだ方がいいだろうな>と感じた。


「天使なんですね。たしかに大きな翼ですね」


その人の言うとおり全体的に白い出で立ちで背中には左右に大きな翼が「生えて」いる。コスプレの本格化具合にも驚くばかりだが、顔のメイクはほとんどしていないような感じだった。顔立ちもスタイルも整っている人だからなのか、本当にキャラクターが存在しているような錯覚さえある。


「わたしは天使なので、頑張っている人が好きです。ただ、与えてあげられるものは多くないのです」


「天使さんが与えなくちゃいけないってことはないと思います」


話しかけてくれたことは嬉しかったのでキャラクターの『設定』で会話を続けてくれていると解釈して、こちらも「そんな感じ」でやり取りを続けてみる。


「でも、わたしは今個人的に貴方に何かを与えたい気分なのです」


「んと、あのフィギュアどうやったら取れますかね?」


そう言うとその人は前進してケースの中の様子を目を見開いてじっと見つめ、その後何かを考えているように首を捻り、


「わたしが代わりに取ってしまったら『達成感』は失われるでしょうか?」


「まあそうなりますね」


「それじゃあ、わたしが少しアドバイスします。それから「お祈り」させていただきます」


その言葉通り、クレーンのやや込み入った操作のコツと狙う場所を教授してもらった。箱を掴むというよりタグに引っかけて落とすという高等技術が自分に出来るとは思わなかったけれど、今思うと一度アドバイス通りにやってみようという気持ちになったのが良かったのかも知れない。両手を「お祈り」のポーズに組み合わせてじっと目を閉じているその人の前で、クレーンは際どいところでタグに引っかかり、不安定ではあったが最後配置のバランスの関係なのか箱は下に落ちていった。


「取れました!」


「おめでとうございます」


天使の祝福を受け、思い入れのあるキャラのフィギュアを手にすると高揚感のようなものがあった。ただ少し思い返してみて、何より『この人がこの世界に存在してくれていたこと』が有り難いというか、とても嬉しいことなのだという事に気付く。



「では、わたしはこれで…」


静かに立ち去ろうとしているその人を少しだけ呼び止めた。


「ちょっとだけ待ってて下さい!!」


そう言って近くの自販機コーナーまでダッシュ。運よくあの『ロゴ』の缶コーヒーを見つけてコインを投入してボタンを連打。速攻でクレーンゲームのところまで戻って、綺麗な姿勢のまま待ち構えてくれていたその人に手渡す。


「これは?」


「今日先輩から貰って飲んで結構美味しかったんです。お礼です」


「ふふ…与えてあげたかっただけなのに、与えてもらえました」


「その天使のキャラクターの事、あいにくと知らないんですが、すごく良いと思います」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


その時の表情が本当に嬉しそうなものだったので、久しぶりに立ち寄ってみて良かったなと感じた。その人と別れ、自宅に戻ってから棚にフィギュアを飾り、鑑賞欲も出てきたのであの人が演じていた天使のキャラクターが出てくる作品を探してみた。ただ、調べても調べても該当するようなキャラクターが出てこないので案外オリジナルだったりするのかなと思ったりした。



風に当たりたいと思って窓を開けて見たら三日月が浮かんでいるのに気付く。優しげに淡く光るその姿をとても美しいと感じていた。

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