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第96話 これは神様が与えてくださったごほうび――じゃなかった、試練に違いありません!

「女性同士で仲睦まじいのも悪くないな。いっそのことサラ、お前も侍女として後宮に来るか?」


 キュリアクリスの言葉に、またサラがクワッと牙をむく。


「そもそもお嬢様は後宮に行きません!」


 その剣幕に、キュリアクリスがまたくつくつと笑った。


「まあ後宮の件は置いておいてやろう。だがクラウスのことはどうするつもりなんだ?」


 足を組んで、キュリアクリスが続ける。


「今の調子だと、恐らくクラウスが城から帰ってこられるのは、メルティア王女との結婚を受け入れた時だろう。当然それは、ジネットとの別れを意味している」


 ジネットはこくりとうなずいた。


「どうやら国王陛下もメルティア王女殿下も、本気でクラウス様を望んでいるようですね……」

「そうだろうな。でなきゃ一か月も軟禁なんてしない」


 ジネットはぎゅっと唇を噛んだ。


 メルティア王女がクラウスと結婚したがっていると知った当初、ジネットはただただ戸惑いつつも見守っていた。

 だが今の有様を見るに、もうそんな悠長に構えている場合ではない。


「で、どうするんだ? このままクラウスをくれてやるつもりか?」


 からかうようなキュリアクリスの言葉に、ジネットはキッと顔を上げた。


「もちろんそのつもりはありません。その人の心は、その人だけのもの。クラウス様に無理強いをする方は、たとえ王族であろうと許しません」


 力強く放たれた言葉に、キュリアクリスが面白そうに目を見開く。


「ほう? つまりそれは、王族に喧嘩を売ると?」


 ジネットは一瞬ためらったが、すぐにぐっと身を乗り出した。


「喧嘩を売るという言い方は好きではありませんが、同義だと言うのならそうです!」


 ゴッ! とジネットの新緑色の瞳に、炎が燃え上がる。


「クラウス様を奪おうとするなんて、これは神様が与えてくださったごほうび――じゃなかった、試練に違いありません!」

「!? はははっ!」


 それを聞いたキュリアクリスが大きな声で笑い始めた。


「クラウスから聞いてはいたが、ジネットよ。本当に今回のこともご褒美に変換してしまうんだな!?」

「いっいえ、あの、これは言葉のあやというもので……!」

(さすがにこのことをご褒美扱いしたらクラウス様に失礼な気がするのですが、うっかり言い間違えてしまいました……!)


 あたふたと言いつくろおうとするジネットに、サラが呆れた顔で言った。


「もう遅いですよお嬢様。本音が漏れていました」

「うぅ……」


 逃げ場のなくなったジネットがうなだれていると、キュリアクリスがくつくつと笑った。


「だが、いいと思うぞ? 変に悲劇のヒロインを気取られてめそめそ泣かれるより、そちらの方がよっぽどお前らしい。私はそういうたくましい女の方が好きだ」


 キュリアクリスの言葉に、珍しくサラもうんうんと同意する。


「私も同じ気持ちです。萎れているお嬢様ももちろん可愛らしいのですが、やはりお嬢様の元気な姿を見るのが一番好きです」

「おや、珍しく気が合うな」

「その点に関してだけは気が合いますね」


 サラとキュリアクリスがニヤリと笑い合う。


「さぁお嬢様! それで一体どういう作戦をお考えですか?」


 うながされて、ジネットはうなずいた。


「まずは基本となる――情報収集です」

「〝彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず〟か」

「はい!」


 キュリアクリスの言葉にジネットはうなずいた。一方、不思議そうに首をかしげるサラに、キュリアクリスが説明する。


「極東に伝わる兵法書に書かれている言葉だ。意味は、『敵の実力や現状をしっかりと把握し、自分自身のこともよくわきまえて戦えば、何度戦っても勝つことができる』ということだ」

「なるほど!」


 ようやく納得がいったらしいサラに、ジネットは続けた。


「正直、どうすれば王族からクラウス様を取り戻せるのか全然見当がつきません。だからって諦めるなんてことは絶対にしません! 探っていくうちに、もしかしたら些細なところから糸口がつかめるかもしれないですし」


 その言葉にサラが力強くうなずく。ジネットは続けた。


「だからまずは……全顧客名簿のチェックと、王室新聞の洗い出しをします!」

「名簿と新聞? それが一体なんの役に立つんだ?」

「メルティア王女殿下の情報を得るためですよ」


 ジネットは説明した。

 まずは徹底的に、今回の重要人物であるメルティア王女について知る必要がある。

 顧客名簿を見るのはメルティア王女や、王家とかかわりの深い人物を探すため。

 王室新聞の洗い出しは、少しでも王家に関する手がかりを探すためだ。


「サラ、書庫に保存してある王室新聞を王女殿下が生まれてからの十六年分、持ってきてくれないかしら」

「わかりました!」


 命を受けたサラが、ダッと書庫に走っていく。


「メルティア王女か……。私の方でも何か情報がないか、家臣たちに調べさせよう。クラウスは一応私の友だからな」


 言いながらキュリアクリスが立ち上がる。


「ありがとうございます!」


 かと思えば彼は部屋を出る直前、くるりとこちらを振り向いた。


「そして後宮の話は、またクラウスが帰ってきてから続きをしようか」

「そ、その話、まだする気なんですね……!」


 ジネットが渋い顔をすると、キュリアクリスは「ははは」と笑いながらギヴァルシュ伯爵家を後にしたのだった。

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