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第92話 本当に大丈夫なのですか?


 その間に、今度はマリーツィア王女がいったん冷静さを取り戻したらしい。

 水色の瞳で強くクラウスを睨みながら、王女が問い詰める。


「わたくしが降嫁すれば、ギヴァルシュ伯爵家には大きな恩恵がもたらされるわ! 王族からの庇護のみならず、持参金だって腐るほど持たせてくれるはずよ! 何よりわたくしはこんなに美しいのに!」

「マリーツィア王女殿下」


 低く、それでいてよく通る声でクラウスがゆっくりと言った。

 名を呼んだだけにもかかわらず、その声は不思議なほど耳に心地よく響き渡り、隣で聞いているジネットすらどきりとしてしまう。見ればマリーツィア王女もその声にどきりとしてしまったらしく、潤んだ瞳でクラウスを見つめている。


「僕は栄誉とか財産とか、何か欲しいから彼女と結婚するわけではありません。僕は彼女だから――ジネットを愛しているからこそ、結婚するのですよ」


 言って、クラウスがこちらに手を伸ばしてきた。


「わわっ!」


 かと思うと彼の長い抱きしめられ、頭に口づけされる。


(お、王女様が見ている前でっ……!)


 かぁっとジネットの頬が赤くなった。


「っ……!」


 そして目の前では、それを見たマリーツィア王女も同じく顔を真っ赤にしていた。その表情は怒っているようにも、照れているようにも見える。


「わ、わたくしの前で他の女といちゃつくなんて……!!!」

「だって婚約者ですから」


 何か問題でも? と言いたげにクラウスがふっと笑う。

 その涼しい態度と優雅な笑みはこんな時でも絵になるほど美しく、頬を赤くしたマリーツィア王女がぐっと言葉に詰まった。

 やがてマリーツィア王女は、拳を握ってふるふると怒りに肩を震わせた。


「何なのよあなたは! わたくしは王女なのよ!? 今までわたくしの望みが叶えられなかったことなんて、一度としてないのに!!!」

「それはまた……」


 何かを言いかけてクラウスは言葉を切った。ジネットはそこに『ずいぶんと甘やかされて育ったのですね』という言葉を聞き取った気がして、クラウスの顔をちらりと見た。


「もう、なんなの!? わたくしの頼みを断った上に目の前でいちゃつくなんて、本当に腹が立つわ!!! このことをパパに告げ口したっていいのよ!?」

「どうぞご自由に」


 クラウスがにっこりと返すと、マリーツィア王女はますます怒った。


「なんてひどい人なの! もうあなたの顔なんか見たくもない!!! 出て行って!!!」

「ではお言葉に甘えまして」


 待ってましたとばかりにクラウスはお辞儀をすると、ジネットを連れてすばやく踵を返した。

 後ろでは、まだ怒っている王女をなだめる侍女たちの声が聞こえる。


「姫様、あまり興奮しますとまためまいを起こしますよ! 落ち着いてください……!」


 その声は部屋を出てもまだしばらく聞こえて来た。

 クラウスとともに廊下を早足で歩きながら、心配になったジネットが尋ねた。


「あ、あの、本当に帰ってしまって大丈夫なのですか?」

「大丈夫。というより、今は一刻もあの場を離れた方がいい。ああいう時は長居すると大抵ろくなことがないからね」


 そう言ったクラウスの顔には苦い笑みが浮かんでいる。


「そうなのですね……!?」


 よくわからないが、クラウスがそういうならきっとそうなのだろう。

 だって彼は、ジネットとは比べ物にならないほど言い寄られて来たのだから。


(もしかしたら過去にもこういうご経験をされてきたのかもしれない……!)


 ジネット本人を目の前に略奪しようとしてきた人は初めてだが、ジネットのいないところでクラウスにしなだれかかった女性は幾度となく目撃してきたのだ。その度にクラウスはばっさりと切り捨てていたが。


「あ」


 歩いている途中であることに気づいて、ジネットが言う。


「もしかして演劇を観たいとおっしゃったのも、始めからクラウス様にお会いするためだったのでしょうか?」

「だとしたら、観劇中にやたら王女の視線を感じるなと思ったのは気のせいではなかったのかもしれないね」


 どうやらクラウスも気づいていたらしい。

 たしかに、それなら王女が観劇中じっとクラウスを見つめていたのも納得がいく。

 クラウスがハァとため息をついた。


「これで諦めてくれるといいのだが……」

「? クラウス様ははっきりとお断りしていましたよね? それなのに諦めないなんてこと、あるのですか?」


 もしジネットが告白した相手にあそこまで言われたら、きっと諦めるだろう。というより、そもそも相手に婚約者がいる時点で告白しようなどとは夢にも思わないだろう。

 ジネットの質問に、クラウスがうーんと唸る。


「こればかりはわからないな……。なんせ、婚約者である君の目の前で僕に結婚しろと迫るお方だから」

「た、確かに」


 その時点で既に、マリーツィア王女の考えはジネットの理解の及ばない所まで飛んで行ってしまっていた。


「あまり面倒なことにならなければいいのだが……」




 ――ぽつりともらされたクラウスの呟きは、けれどすぐに現実のものとなるのだった。

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