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第91話 結婚って……あの結婚!?

(…………ん!?)


 一瞬ジネットは、王女ではない人物が喋ったのかと思い、咄嗟にそばに立っている侍女たちに視線を走らせた。

 だがどの侍女も固く口を閉ざしており、喋った形跡はない。


(今の、まさかマリーツィア王女殿下が……!?)


 隣では、クラウスも微笑みを浮かべたまま硬直している。

 そんなふたりに追い打ちをかけるように、マリーツィア王女がもう一度口を開く。


「わたくしが会いたかったのはクラウス様だけなのに、わきまえずにのこのこついてくるとはなんて図々しい女なのかしら?」


 間違いない。

 どう見ても、何回見ても、この毒々しい言葉はマリーツィア王女の口から飛び出していた。

 その予想外すぎる態度に戸惑いつつも、ジネットは急いで謝ろうとした。


「もっ、申しわけ……」

「申し訳ありません、王女殿下。彼女は僕が無理を言って連れて来たのです。罰を与えるなら、僕にお与えください」


 そんなジネットを守るように、スッとクラウスがジネットを手でかばう。

 その様子を、マリーツィア王女は白けた様子で見つめていた。


「……まあいいわ。別にいたところで困ることはないもの」


 ゆっくりとマリーツィア王女が言った。その姿も言いようもなく美しく、離れていてもこちらまでいい匂いがしてきそうだった。

 けれど同時に、この上なく偉そうでもあった。


「あなたがクラウス・ギヴァルシュで間違いないのね?」

「はい」


 微笑みを浮かべたままクラウスが返事をした。その顔には戸惑いは微塵もなく、余裕たっぷりだ。


(クラウス様もきっと内心では王女殿下の変貌ぶりに驚いているはずなのに、おくびにも出さないとはさすがです……!)


 感心しながら、ジネットはクラウスを見習ってキリッと顔を引き締めた。

 マリーツィア王女はそのまましばらくじろじろとクラウスを上から下まで検分したかと思うと、フッと満足げな笑みを浮かべた。


「うん。噂通り申し分ないわ」


 どうやら王女は、クラウスのことを聞いていたらしい。


「わたくし、クラウス様の話は聞き及んでいたわ。ギヴァルシュ伯爵家の貴公子で、非常に優秀な人物だと」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 動じないクラウスに、マリーツィア王女はますますにっこりとして言った。

 それはそれは甘い声で、ねだるように。


「だからクラウス様、あなたはわたくしと結婚しなさい」

「…………………………………………はい?」


 これにはさすがのクラウスも、笑顔が凍り付いた。

 ジネットも危うく叫び出しそうになったのを、咄嗟に両手で口を押さえて我慢した。


(結婚!? 結婚って……あの結婚!?)


 そんなジネットの心の叫びに応えるように、マリーツィア王女がひとことひとことしっかりと区切りながら言う。


「結婚よ。け、っ、こ、ん。あなたに、わたくしの夫となってほしいの」


 言って、王女はぽっと頬を赤く染めた。

 その様子は可憐な乙女そのもので、同性であるジネットでさえどきりとしてしまうほど愛らしい。

 だがそんなマリーツィア王女の愛らしい姿にも心を動かさない者がいた。


 クラウスだ。


 彼は張り付けたような笑顔を浮かべたまま、早口で言った。


「せっかくですがお断りさせていただきます」

「えっ!?」


 マリーツィア王女が目を丸くする。

 その様子からして、断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 先ほどまでの余裕はどこへやら。マリーツィア王女は焦ったようにぐいっと身を乗り出してきた。


「ど、どうして!? だって、わたくしが頼んでいるのよ!? このわたくしが!」


 言いながら、マリーツィア王女がばんばんと自分の胸を叩く。

 騒ぐマリーツィア王女にも動じず、クラウスは落ち着いた声で言った。


「先ほども言いましたが、僕は既に婚約している身なのです。残念ながら王女殿下とは結婚できません」


 だが王女も諦めない。


「まだ婚約しているだけでしょう? そんなものいくらでも破棄でき――」

「しません」


 王女の言葉に被せるようにきっぱり、はっきり、クラウスが言う。


「婚約破棄も婚約解消も、絶対に、しません。僕はジネットと結婚します」

(だだだ、大丈夫ですかクラウス様!? 王女殿下にそんな言葉づかいをしても……!)


 王族の言葉に言葉を被せるなど、普通なら不敬の極みだ。

 けれどクラウスは微塵も動じていない。

 ただにっこりと微笑みながら、『何があって婚約破棄しません』という無言の圧を放っている。

 なまじ顔が整っている分、彼が本気を出している時の圧力はすごかった。

 マリーツィア王女ですら、そんなクラウスの無言の圧にたじろいでうまく言葉が続けられないらしい。


「な……なん……!」


 ぱくぱくと、金魚のように口をあえがせている。

 そんなマリーツィア王女に助け舟を出したのは、先ほどの侍女頭だ。

 彼女は一歩進み出ると、大きな声で怒鳴った。


「この方をどなたとわかっておいでか! 姫様はこの国の第一王女なのですよ! その方の頼みを断るなど!」

「お断りします」


 取り付く島もないほど事務的な声で、クラウスがばっさりと侍女頭を切り捨てる。今度は侍女頭が「な……!」と震える番だった。


「……どうしてなの? わたくしの一体何が不満だというの?」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] わがまま王女はまあともかくとして 侍女頭までこうだとか、王家の教育システムどうなってんの?
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