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第90話 〝妖精姫〟

 ――そこには、今まで見たことがないほど絶世の美少女が立っていたのだ。


 淡く波打つ白に近い金髪は、ゆるやかな流れを描きながら床にまで届いている。同じ色の睫毛はけぶるように瞳を縁取り、宝石のようにはめ込まれている瞳はすべてを見通しそうな透き通った水色。

 真っ白と言っても差し支えない透き通る柔肌に、形よく整った丸いおでこ。


 小さな卵型の顔同様、白いドレスの裾から覗く手も白く細く、浮世離れした美しさはまさに〝妖精姫〟と呼ぶにふさわしいものだった。


(わ、わああ~~~!!! クラウス様のおかげで美形には慣れているつもりでしたが、それでも驚くほどすさまじい美人さんでいらっしゃいますね!!!)


 マリーツィア王女は、王にも王妃にもこの上なく溺愛されていると聞いたことがあるが、この美しさなら納得もいくというもの。ジネットもひとめ見た瞬間、心を射貫かれていた。

 ずらりと侍女を連れた王女は特に微笑みを浮かべたりはせず、至っていつも通りと思われる無表情だったが、その顔すらも人形のように可憐だ。

 しずしずと用意された椅子に座る姿すら、尊い生き物を見ているような錯覚に襲われる。


 感動して震えているジネットの隣では、クラウスがいつも通り、紳士の笑顔を浮かべて優雅に頭を下げていた。

 けれどクラウスが挨拶するより早く、王女の侍女頭と思われる年嵩の侍女が口を開いた。


「姫様は待たされるのが嫌いです! すぐに演劇を開始してください!」


 その言葉にも、マリーツィア王女は眉ひとつ動かさなかった。

 ただ黙って、頭を下げるクラウスをじっと見つめている。


「承知いたしました。すぐに」


 クラウスが合図を送ると、流れるように上演が始まった。

 その間ジネットは舞台の横で、劇とマリーツィア王女の様子を交互に見つめていた。


 上演中、王女の瞳は色んなところを見ていた。役者たち、舞台、そしてそばに控えるクラウス。

 市井ではドッと笑いが起きた場所でも王女は笑わず、やはり役者たち、舞台、クラウスを順番に見ている。

 そして最後の再会のシーンの最中でも、やはり王女は同じように視線だけを動かしていた。


(クラウス様はお美しいから、王女殿下もやはり気になってしまうのでしょうか)


 王女は無表情で、何を考えているか読めない。

 やがて上演が終わり、ジネットが役者たちに惜しみない拍手を送っている時も、マリーツィア王女の表情は最後まで人形のようにぴくりとも動かなかった。


(もしかしてお気に召さなかったのかしら……?)


 ジネットが不安になっていると、微笑みを浮かべたクラウスがすっとマリーツィア王女の前に進み出る。


「もしかして、お気に召しませんでしたでしょうか?」


 話しかけられて、王女の大きな瞳がゆっくりとクラウスに向けられた。

 それから王女はいいえ、というように小さく首を振る。

 代わりに侍女頭がずいと進み出た。


「姫様はおもしろかった、と言っておいでです」

「でしたら役者たちに拍手をいただけないでしょうか。王女殿下の賞賛は、彼らにとって何よりの励みになるかと思いますので」


 やんわりと促されて、マリーツィア王女はしばらく考えていた。

 それからぱち……ぱち……とゆっくりした拍手を送る。それを見た連れの侍女たちも、追従するように一斉に大きな拍手を送った。

 ジネットも、そして役者たちも、そこでようやくほっとした表情を浮かべることができた。

 先ほどの侍女頭がふたたびうやうやしく言う。


「皆すばらしい演技だったと姫様が褒めておられます。すべての者に褒賞が与えられますので、係の者から受け取ってくださいませ!」


 褒美の言葉に、皆からわあっ! と喜びの声が上がる。

 それを見たマリーツィア王女はゆっくりと立ち上がると、舞台を後に歩き出した。

 侍女頭もクラウスの方を向いて言い放つ。


「ギヴァルシュ伯爵様におかれましては、この後姫様との交流会を設けますので、わたくしについてきてください」

「承知いたしました」


 クラウスがうなずいたのを見ると、侍女頭は満足そうにくるりと背を向けて歩き出した。ついてこいということなのだろう。

 ジネットがどうすべきか戸惑っていると、クラウスがぎゅっとジネットの手を握った。


「おいで。一緒に行こう」


 小声でささやかれて、ジネットもあわてて小声でささやき返す。


「でも、あの、今のはクラウス様だけが呼ばれているのでは……!?」


 さすがのジネットでもわかる。

 先ほど侍女頭が呼んでいるのは、恐らくクラウスひとりだけだ。

 だというのに、クラウスはいたずらっぽく片目をつぶっただけだった。


「大丈夫。今はこちらを見ていないから気付かれない」

「そんな子供のような……!」

「それに君を連れて行けないなら、僕も帰るよ」

「そんなことをしていいのですか……!?」


 結局、戸惑いながらも、ジネットはクラウスに手を引かれるままついて行ったのだった。



 やがて目的の部屋についたらしい侍女頭が、再度こちらを振り向いた。


「ここが王女殿下のティールームで……おや?」


 そこでようやく彼女はジネットの存在に気づいたらしい。

 ジネットは気まずさのあまり、いたずらをして見つかった子供のように身を縮ませた。

 一方、ジネットを連れて来たクラウスは何も臆することなく、堂々と、ニコニコしながら侍女頭を見つめている。


「………………まぁいいでしょう。どうぞこちらに」

(な、なんとか許された!)


 そのことにほっとしながら、ジネットはクラウスとともに案内された部屋に入った。


(わ……! なんて明るい!)


 中に入ってすぐに感じたのは、部屋中に満ちた陽光だ。


 どうやらこの部屋は、壁のほとんどが全面ガラス張りとなっているらしい。

 そのため室内にはさんさんと太陽光が降り注いでいる。さらに、部屋の中の調度品がほとんどが白で揃えられているせいもあり、室内はさながら植物室のように明るかった。

 部屋の中央では、既にマリーツィア王女が真っ白でふわふわした猫とともに、ゆったりと白いソファカウチに寝そべるようにして腰かけている。

 彼女が着ている服もまた流れるように柔らかな生地を使用しており、そこから覗く腕は折れそうなほど白く細い。

 侍女頭が言う。


「姫様は先ほどの観劇で立ち眩みを起こしましたので、この体勢でお話します」

(先ほどは王女殿下の美しさに目を奪われてしまいましたが……確かにお顔色は、少し悪いような気がいたします)


 青白い顔の、妖精じみた王女がゆっくりとうなずくと、水色の瞳がクラウスを見た。それから、ジネットのこともちらりと見る。

 すぐさまクラウスが挨拶に進み出た。


「改めてお招きいただきありがとうございます。ギヴァルシュ伯爵家のクラウス・ギヴァルシュでございます。こちらは婚約者のジネット・ルセルです」

「お、お初にお目にかかります」


 ジネットがあわててカーテシーを披露すると、マリーツィア王女殿下の目が細められた。


 それから小さな唇が震えたかと思うと。


「――ねぇ。なんで、婚約者なんか連れてきたの? わたくしは呼んでいないのだけれど?」


 鈴のような高く愛らしい声で、この上なく高慢でとげとげしい言葉を紡いだのだった。





***


ちなみに書籍未購入の方でも、DREノベルス様公式サイトやAmaz●nなどの試し読みページからメルティア王女が載った口絵が見れますのでよかったらぜひ!

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