第88話 正直、まだ夢を見ているようです!
ふぅ、と耳元に息がかかるのを感じてジネットは悲鳴を上げた。
「ひゃあああ!!! く、クラウス様、朝から色気がだだ漏れです!!!」
(こんなのが一日続いたら心臓が持ちません!!!)
顔を真っ赤にするジネットに、クラウスがにっこりと笑った。
「ジネットがそんな風に照れてくれるようになるなんて嬉しいな。少し前まで、何をしても全然気づいてもらえなかったから」
「そ、そういうわけではないのですが……!」
言いながらジネットは熱くなった頬を押さえた。
(今までは私に向けられたものではないと思っていたので、なんと言いますかあまり現実感がなかったのですが……!)
今のジネットはもう、知っている。
クラウスが心からジネットに向かって愛を囁いていることを。
(ひ……ひゃあああ~~~~!!!)
その事実にまた心の中で悲鳴を上げる。頬がボボボッと赤くなった。
そんなジネットを、クラウスはくつくつと楽しそうに笑って見ていた。ジネットは必死に言葉を絞り出した。
「えっと、あの、えっと……結婚式! そう! 結婚式の話をしましょう!」
なんとか話題を変えるべく、ジネットが一生懸命言う。
「わ、私の方でも色々考えていたのですが……その、どれにするかとても迷っていて……!」
「へえ。そうなのかい? なら、全部話してみてくれないか? そこからどれにするかふたりで決めよう」
「は、はい!」
ジネットは呼吸を落ち着かせると、考えていたことを話した。
「えっと……実は恥ずかしいのでふたりでひっそりしたいと少し思ったりするのですが、でもお世話になった方々のこともお呼びしたいという気持ちもあり……!」
ジネットの言葉にクラウスがうなずく。
「そうだね。パブロ公爵やクリスティーヌ夫人、それから来てくれるかはわからないがキュリアクリスも呼んで見せつけ――じゃなかった、祝福してもらいたいな」
「はい。それからルセル商会やマセウス商会の方々にもお世話になっているのでできれば呼びたいと考えているのですが」
「確かに彼らも呼ぶととなると、こじんまりどころの話ではなくなるね。軽く見積もっても百人は超える」
「そうなんです。そして商会の皆様を呼ぶのであれば、せっかくなので最新の結婚式を取り入れても勉強になるのではないかと」
「ほう? というと?」
クラウスの言葉に、ジネットはきらっと目を輝かせた。
「実は先日、とある島国で行われた結婚式では女王が純白のウェディングドレスを纏ったのです! その清らかかつ可憐な姿が大変印象的で! 私の予想だとこれから純白のウェディングドレスブームが来る気がするんですよ!」
「へぇ。ウェディングドレスと言えば緑や黒など濃い色が多い気がしていたが、純白のドレスか……。うん、ジネットならきっと似合う。僕たちの結婚式ではドレスは純白にしよう」
言いながら、クラウスがふふっと嬉しそうに笑う。もしかしたら、ジネットのウェディングドレス姿を想像しているのかもしれない。
「純白の生地は用意するのが大変なのでしばらくは貴族の間でのみ流行るかもしれませんが……もし大量に生産する術があれば、それこそ文化として根付くのではないかと思っているのです!」
「大量生産、か……。職人の手作業もすばらしいが、大量生産が可能になれば規模はもっと大きくなるだろうな」
「社交界の流行りを、王都全体の流行りにできるかもしれませんね……! その波に乗れば、さらに収益もがっぽがぽですよ!」
「お金はあるにこしたことはないからね」
クラウスがにっこりと微笑む。
「でもジネット。話がどんどん結婚式から離れていってるよ」
「あっ」
(いけない! また悪い癖が出てしまった!)
ジネットがうぐぐと唸っていると、クラウスがまたフッと笑った。
「でも、こうして君と結婚式の話をしているだけでも楽しいな。実のところ僕は質素な式でも豪華な式でも、なんでもいいんだ。なぜなら他らなぬ 君との結婚式だから」
それから彼は、ジネットのおでこにこつんと自分のおでこをぶつける。
「ウェディングドレスを着た君は、きっと世界で一番綺麗な花嫁になる。そんな君の手を取り、誓いのキスをできるのが僕だなんて、未だに信じられないよ」
そう言ったクラウスは、心から喜んでいるのがわかる幸せそうな表情をしていた。思わず見ていたジネットの胸がきゅん……と鳴ってしまう。
「クラウス様……私もです」
頬を赤くしながら、ジネットも告白した。
「あ、あなたの花嫁になれるなんて……正直、まだ夢を見ているようです!」
「そうなのかい?」
クラウスがくすぐったそうに微笑む。
釣られてジネットも、にへっ……と笑った。
「はい! その……クラウス様は婚約者でしたが、同時に私の手の届かない、憧れの人でもあったので……!」
「手の届かないなんて大げさだな。僕はここにいるし、これからもずっと君の隣にいるよ」
「はっ、はい!」
「ジネット。僕たちはきっと幸せになろうね」
「はい……!」
囁かれる言葉が、心地よく耳をくすぐっていく。
クラウスの手が、ぎゅっとジネットの手を握った。
それは本当に幸せな夢を見ているようで、ジネットは頭の芯まで甘くしびれていくのを感じた。
と、そこへ、ギヴァルシュ伯爵家の執事がやってくる。彼の持つトレイには、一通の手紙が乗っていた。
「クラウス様、お話し中のところすみません。国王陛下から手紙が来ております」
「国王陛下?」
その言葉に、クラウスとジネットは顔を見合わせた。