第84話 "永遠の輝きをあなたに”
舞台では主演のふたりが深々と観客にお辞儀をしているところだった。クラウスはそのそばに立つと、役者たちにも負けぬほど堂々と、そして朗々とした声を張り上げる。
「皆さん、物語はハッピーエンドを迎えましたが、お話はまだ終わりません。もう少しだけ続くのです」
それは熱波の最中に流れ込んできた涼風のように、人々の耳をくすぐった。よく通る声でありながら落ち着いた美声に、熱に浮かれていた人々が、「おや?」とクラウスを見つめる。
「レイトンはクリスティーヌに指輪を贈りました。それは彼が方々を駆けずり回って見つけた、輝く一粒のダイヤモンドを載せたものでした」
クラウスが流れるような動きで役者の方を指すと、パブロ公爵役の男優がポケットからごそごそと何かを取り出す。
それは大きな一粒ダイヤモンドが載せられた本物の指輪だった。
大きな、といっても、観客から見える指輪は豆粒ほどにも小さい。けれど彼が指輪を動かして太陽の光に当てると、ダイヤモンドは七色の輝きを放ちながらキラキラ、キラキラとまたたいた。
その光はさながら昼に舞い降りた明星のよう。遠く離れた席に座っていた女性が、まぁ……と息を漏らした。
「ご存じでしょうか。ダイヤモンドには様々な呼び名があります。神々の涙、流れ星のかけら、そして不変の象徴」
皆に聞こえるよう声を張り上げているにもかかわらず、不思議とクラウスの声は耳障りにならず心地がよかった。
「何千年もの時をかけて母なる大地に育まれたダイヤモンドは、たとえ我々の肉体が滅びようとも後世に残り続けます。そんなダイヤモンドに偉大なる祖先は願いを託して、結婚指輪にこの石を選び続けました」
――ダイヤモンドの指輪をつけた夫婦の絆が末永く、そして永遠に続くように、と。
「〝永遠の輝きをあなたに〟……どうぞ、レイトンとクリスティーヌの行く末をお見守りください。そしてあなた方自身の愛しい人にも、ぜひダイヤモンドの輝きを」
言って、クラウスと主演の役者たちが深々とお辞儀をした。
美男美女の横に立っているにも関わらず、クラウスの美貌は舞台の上に立ってもまったく色あせることはなかった。むしろ、誰よりも輝いているかもしれない。
貴族としての礼儀作法を叩き込まれた彼の所作は優雅で、彼自身の美貌とあいまって耽美な空気を作り出していた。
人々はまるで魔法をかけられたように熱っぽく彼を見つめ、ほぅと吐息を漏らす。
それはジネットも例外ではなかった。
(ク……クラウス様が……美しすぎます……!)
「ねえあの美しい方は誰なの? 役者?」
「わからないわ。でも素敵ねえ……」
「後でお名前聞きに行こうかしら?」
後ろからそんなヒソヒソ話が聞こえてきて、危うくジネットは振り返って「わかります!」と全力で同意するところだった。
(さすがクラウス様。演技力もすばらしいです! と言いますか、普通に役者になれるのでは⁉ あの麗しい外見に頭の良さ。さらに商才もあって演技までできるなんて……すごすぎます!)
そんなことを思いながら、ジネットがふるふると震えていた時だった。
「――それからこの場をお借りして、私も私の愛しい人に、この指輪を贈ろうと思います」
とクラウスが言ったかと思うと、彼の菫色の瞳がまっすぐにジネットを見たのだ。
「ジネット」
「えっ」
突然名前を呼ばれて、ジネットがきょとんとする。周りの視線が一斉にジネットに集まった。
(なぜここで私の名が……!?)
驚いているのはジネットだけではない。今回の戯曲について打ち合わせをしたクリスティーヌ夫人も、目を丸くしてこちらを見ている。
それも当然だ。クラウスに打ち明けられた案は戯曲に紐づけたダイヤモンドのくだりまでで、そこにジネットが登場する予定はこれっぽっちもなかったのだ。
「ジネット。こちらに来てくれるかい?」
もう一度呼ばれて、ジネットがおろおろと辺りを見渡した。今や会場中の人たちが、今度はジネットに注目している。
なおもおろおろしていると、サッと誰かがジネットのそばに立った。
それは舞台の手伝いをするために、ずっと舞台袖に控えていたサラだ。
「さあお嬢様、早く!」
サラはなぜか満面の笑みでひそひそ囁くと、ぐいっとジネットの背中を後押しした。
「えっえっ」
戸惑いながらも、ジネットは転がるようにして舞台の上に上がった。そのままそろそろとクラウスのそばにいくと、「あのう……クラウス様これは一体……!?」と小声で囁きかける。
するとクラウスは、そんなジネットの手をスッと手にとった。
それから騎士が女王に忠誠を誓うようにひざまずいたかと思うと、懐からベルベットでできた小さな四角い箱を取り出す。
(これは……?)