第81話 美しすぎて経済が停滞してしまっています
クラウスの案を聞いて、ジネットはすぐに準備を始めた。
と言っても今回ジネットに任されたのは、中流階級以下でも手を出しやすい価格のダイヤモンドを用意すること。
幸い父経由でもらったダイヤモンド鉱山にはうってつけのダイヤがごろごろしていたので、あとはそれを加工できる職人を見つけるだけ。
ダイヤモンドは硬く、今まで王侯貴族以外に出回らなかったのには価格の他、加工の難しさも関係していたのだ。
でも。
(よかった! これなら私にもできそうです!)
何を隠そう、人探しはジネットの得意分野だった。
お馴染みのエドモンド商会やゴーチエ商会、それに以前パブロ公爵のバイラパトルマリンで縁を繋いだ宝石商グアハルドにジネット父にと、ジネットは持ち得る人脈を最大限活用した。
幸いチューリップ事件の時にジネットの助言で大損失を免れた人も多く、紹介してくれる人は多かった。中にはジネットが市場に新たな風を巻き起こしてくれるのなら喜んで協力するという人もいたくらいだ。
そうして急ピッチでダイヤモンドの加工が進められる中、クラウスはクラウスで、大掛かりな準備を始めていた。
ギヴァルシュ伯爵家には連日人が押し寄せ、ジネットに会いにきた職人や商人たちの他、クラウスが呼び寄せた様々な人間が出入りしていた。
屋敷の中は常に人声が絶えず、あっちから何やら歌声が聞こえて来たかと思うと、こっちでは気難しそうな男性たちが顔を突き合わせてひそひそと囁き合う。
そんな中、ジネットは家で打ち合わせをする以外に、職人たちの作業場も行き来していた。兎にも角にも、加工済みのダイヤモンドのルースをたくさん用意するのがジネットの役割なのだ。作業が順調なのか、定期的な様子見も兼ねていた。
「あら? あれは……」
そんなある午後、職人の厨房へ行く途中。
この辺りで一番人がにぎわう広場には、トンテンカンという大工たちがとんかちを振るう軽快な音が響いていた。その音に吸い寄せられたジネットがちらりと覗き見ると、彼らが組み立てていたのは木でできた舞台だった。
そしてそばには、現場監督と話をしているクラウスの姿。
ジネットは街灯の柱の陰から、そんな彼の姿を遠くからじっと見つめた。
太陽光に照らされてキラキラと輝く銀の髪に、すべてが完璧な調和を保った甘くも凛々しい顔。背も高くスラッとした彼の立ち姿はひとりだけ纏う空気が違い、たくさんの人がいる広場の中でもひときわ目立っていた。
その証拠に、通りすがりの女性たちが仕事も忘れてぽーっと彼に見惚れている。
(クラウス様……こんな遠くから見てもかっこいいなんて、さすがです……!!!)
通りすがりの女性たちと一緒になって、思わずジネットもほぅと息をついた。
最近はクラウスが向けてくる輝かんばかりの笑顔に少し慣れてきたと思っていたが、こうして見ると彼がどれだけ特別際立って美しいのか再認識させられる。
(クラウス様の場合は外見ももちろんとてもかっこいいのですが、なんというかこう、仕草のひとつひとつまで優雅で品があると言いますか、目が惹きつけられますね……!)
ジネットは思わず感嘆の息をついた。
そこへ、聞き覚えのある低い声が降ってくる。
「こんなところで一体何をしているんだ? ジネット」
振り返れば、怪訝な眼でこちらを見下ろしているキュリアクリスがいた。
「キュリアクリス様! 偶然ですね!」
彼もジネットと同じく職人訪問中で、ジネットとは違うルートを行っていたはずなのだが、たまたま居合わせたらしい。
キュリアクリスはジネットが見ているものに気づくと、「ああ」と呟いた。
「クラウスか。改めて見ると、奴は本当に目立つな。……だが私も負けていないと思わないか?」
言いながら彼は街灯の柱に腕を乗せると、ジネットにぐいっと顔を近づけて来た。
「どうだ? よく見比べてみてくれ。クラウスと私、どちらがより好きな顔なのか」
悪さを感じさせるキュリアクリスの不敵な笑みに、ジネットがごくりと唾を呑む。
確かに、キュリアクリスはクラウスに負けず劣らず目立つ外見をしていた。
クラウスよりも背が高くがっしりとした体躯。大きな黒い瞳は力強く、それが小麦色の肌と合わさってエキゾチックな雰囲気をただよわせている。
通りすがりに頬を赤らめた女性たちがちらちらと視線を投げかけてくるのも納得というもので、キュリアクリスには圧倒的な色気があった。
クラウスを白の天使だとするなら、キュリアクリスはさながら黒の悪魔。
「確かにキュリアクリス様も大変お美しいですね! さすが王家の血筋です!」
ジネットが感心しながらうんうんとうなずくと、キュリアクリスが脱力したようにずるっと腕を滑らせる。
「……今のは多少なりともどきどきしてほしい場面だったのだが……。そうか、これがクラウスが言っていた鈍感ということか……」
なんてうめきながら額を押さえている。
かと思うと、ジネットは後ろからぐいっと誰かに引っ張られた。
「わっ!?」
あわてて振り向くと、そこに立っていたのはにっこりと微笑んだクラウス。
どうやらいつの間にかやってきた彼が、後ろからジネットの腰に手を回して引き寄せたらしい。
その顔は笑顔にもかかわらず、なぜか眉間に青筋が浮かんでいる。
「本当に君は油断も隙もないね? キュリアクリス」
「そりゃあそうだ。私を誰だと思っている? 目を離した方が悪い」
けろりと言い返されて、クラウスの眉間に青筋がひとつ増えた。
けれどここは外なのだ。周りでは美男ふたりが集まったことで女性たちが「あそこ、見て!」と黄色い悲鳴を上げながら沸き立ち、同時に「あの女誰よ」とジネットにも注目が集まっていた。
(あああ、おふたりが集まると本当に目立ちますね! この空間だけとてつもなくキラキラしています!)
今日はいつも以上に太陽の光が強いからだろうか。ジネットを挟んで向かい合うふたりの眩さと言ったら。性別問わず、その場にいる人間たちの手が揃いも揃って止まってしまっていた。
(うっ! これは美しすぎて罪です! ほら皆さんの手も動いていない! 美しすぎて経済が停滞してしまっていますよ!)
ジネットは急いでクラウスの手を引いた。
「帰りましょうクラウス様! このままではここの労働力が壊滅してしまいます!」
「何を言っているんだいジネット。でもよくわからないが、君から手を繋いできてくれたのは嬉しいよ」
そう言いながら、クラウスはにこにことジネットの後をついてきていた。