第80話 ヴォルテール皇帝も何やっているんですか!?
言うなり、父ががさごそと胸ポケットを探し始める。
かと思うと、そこからぐしゃぐしゃになった紙切れを出してきた。ジネットの瞳がきらりと光る。
(お父様のせいでぐしゃぐしゃになっていますが、あの紙の材質自体はかなりの高級品の気配がしますよ……!?)
「あったあった。これをふたりにあげようと思って」
広げられた書簡には、ヴォルテール帝国の公用語であるノーヴァ語で書かれていた。
クラウスとジネットがそれぞれ中を覗き込む。
「えっと、『次の情報について、下記に記す』――?」
「見慣れない単語が載っていますね。これは何ですか?」
顔を上げたクラウスに、父はあっけらかんと言った。
「ダイヤモンド鉱山の権利書だよ。これを君たちにあげよう」
「「はい!?」」
ふたりの声が重なった。
「いやー。それバスコくん――あ、ヴォルテールの皇帝のことね――にもらったんだけど、宝石に関してはジネットの方が得意だろう? ちょうどいいからもらってくれると嬉しいなあ」
「嬉しいなあってお父様。これはダイヤモンド鉱山 ですよ!? 規模がダイヤモンドの比じゃありません!!!」
「そうですよ。皇帝があなたに下賜したものを勝手に僕たちに渡すのもまずいでしょう……! というかヴォルテール皇帝も何やっているんですか!? 大事な鉱山を他国の商人に渡すなんて!」
あわあわとあわてふためくふたりを尻目に、父はおっとりと言った。
「いいのいいの。どうせ権利書って言ったってヴォルテール帝国内にあるしさあ。今の皇帝が死んだらきっと次の皇帝がすぐに回収しにくるだろから、それまでの期間限定みたいなもんだよ」
「そうなんですね……」
「なんだかんだ将来のことも現実的に考慮しているあたり、さすがルセル卿ですね……」
その冷静さに、父が帝国で生きのびて来た片鱗を見た気がしたのはきっとジネットだけではないはずだ。
「それでさあ、せっかくだから今のうちにダイヤモンドで稼げるだけ稼いでおきたいなと思って」
「確かに、今のうちに掘りつくすぐらいの勢いで掘った方がいいでしょうね。いつ回収されるかわからない不安定なものですから」
「ということは、次の品物はダイヤモンドですね? 私とクラウス様ふたり宛てということなら、宝石という商品から見ても女性向けのマセウス商会で取り扱うのがいい気がします!」
ジネットは早くも頭の中でカタカタと計画を立て始めていた。
「この宝石は愛好家が多いので、売るのは難しくなさそうな気がしますが……」
ダイヤモンドと言えば、宝石の中の王様だ。
古代キーリア語で無敵を意味する〝アダマス〟という名をつけられるほど硬い宝石で、その絶対的な硬さと美しさゆえに、古来より王侯貴族たちに愛されてきた。
「でもジネット、ひとつ忘れているよ」
クラウスに指摘されて、ジネットははてと首をかしげた。
「忘れている?」
「この間のチューリップの件で、今は市場がガタガタだろう?」
「あ」
思わず声が漏れ出る。
「そういえば、そうでした……。だとすると、今市場に出すのはあまりよくないです……? 皆様チューリップの二の舞を恐れて、あるいはその負債が残っている方はそもそも財布の紐が堅くなっているでしょうし……」
もちろん事件の難を逃れた人もいるにはいるが、貴族の中にも損失を出した人は多いのだ。
そんな人たちをのけ者にして自分たちだけで再度盛り上がるというのも、いささか気まずい。
(であれば今回は上流階級の方々ではなく、被害の少なかった一般の皆様に商品を……? けれどダイヤモンドは王侯貴族たちには愛されてはいても、高価すぎるがゆえに一般の皆様にはまだなじみがないはず……)
ジネットがうーんと考え込んでいると、そこへ同じく何かを考えているらしいクラウスが言った。
「……それならジネット。僕に案がひとつあるんだ。聞いてくれるかい?」
「案ですか? 何でしょう!」
ジネットはワクワクと目を輝かせた。
クラウスは優しくジネットを見守ってくれることがほとんどのため、こうして彼の案を聞くのは久しぶりだ。
「耳を貸して」
そう言ってクラウスはジネットに囁いた。
やがてふんふん、とうなずきながら聞いたジネットが、パッと顔を輝かせる。
「いいですね、それ! ぜひやってみましょう!」