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第79話 それにしてもどうしてですか!?

 時刻は既に遅く、早い人ならベッドに入っていてもおかしくない時間だ。


「こんな時間にどうしたんだろう。君、とりあえず男爵を中にお通しして」

「はい!」


 ――やってきた父はどこかで飲んできたのか、少し酔っているようだった。

 ほんのりと頬を赤らめた父が、伯爵家のソファに腰を下ろす。


「お父様、こんな時間にどうしたのですか? 酔っぱらっておうちを間違えてしまいましたか?」


 お水をすすめながら言うと、父はわははと笑った。


「これは手厳しい歓迎だなあ! わしはこう見えてそんなに酔っぱらっておらんから大丈夫だよ」

「酔っぱらいはみんなそう言うんです。お義母様に連絡しましょうか?」


 心配してジネットが言うと、父は「いんや」と首を振った。


「連絡せんでもいい。というか連絡したくてもできんよ。何せレイラは今日、家を出て行ってしまったからなあ」

「えっ!?」


 ジネットは驚いて手で口を押さえた。


「お父様……ついにお義母様に捨てられてしまったのですか!?」

「ちがあう! 逆じゃ逆! わしの方から離縁したんじゃ!」


 父に盛大に突っ込まれ、隣でまたクラウスがぶふっと吹き出す音がした。


「あっ。そうだったんですね。てっきりお父様が捨てられた方なのかと……」


 ジネットがそう思ったのは無理はない。なぜなら義母はよく、父の酒癖に対して愚痴をこぼしていたからだ。

 今回も行方不明になった挙げ句、帰ってきて早々に酔っぱらいになっているので、てっきりそれで義母の堪忍袋の緒が切れたのかと思ったのだが……。


「それにしてもどうしてですか!? ようやく夫婦水入らずで過ごせるようになりましたのに」

「夫婦水入らずだからこそだよ、ジネット」


 父がしみじみとした口調で言う。


「わしはなあ……レイラがわしのことを微塵も好いとらんことぐらい、始めから気づいておった」


 それは初めて聞く父の告白だった。


「でもそれでもいいと思っていたんだ。レイラの意地の悪いところも計算高いところも、それでいて娘のためだけには頑張るところも魅力的だったんだがなあ……」


 言いながら父が、残念そうに首を振る。


「だがその娘をも身代わりにしてしまうようになったら、もうおしまいなんだよ」


 それは重い、重いひと言だった。

 自分が愛されていなくても気にしていなかった父にとって、きっとそこだけは譲れない一線だったのだろう。ジネットはうつむいた。


「最初にクラウスくんに聞いた時は信じられなかったよ。いや、信じたくなかったのかもしれない。ジネット、お前を身代わりとして攫ったという話を聞いた時、わしは血が沸き立つような怒りを覚えた。そしてアリエルが借金のかたとして差し出されたと知った時は、もはや失望で怒る気力すら失せてしまった」

「お父様……」


 ジネットはそっと父の手を握った。まだ酔いの残る赤ら顔で、父が寂しそうに言う。


「お前にも苦労をかけてしまったね、ジネット。お前もアリエルも、わしにとってはどちらも大切な娘だ。アリエルの母を奪いたくなくて長年お前にはつらい境遇を強いらせてしまったが……」

「お父様、私は大丈夫ですよ。本当に全然、これっぽっちもつらかった記憶はございませんので!」


 ジネットはきっぱりと言い切った。

 社交界で「アリエル様に悪口をばらまかれてつらかったでしょう?」と同情的な声をかけられた時もそうだったのだが、ジネット自身はレイラやアリエルのせいで長年つらかった――ということは全然なかったのである。


「逆にご褒美をたくさんもらえて楽しかったですし、おかげさまでいっぱい成長できましたし!」


 けろりとして言うジネットに、父は声を上げて笑った。


「そうだ、そうだったな。お前はそういう子だった」

「むしろ私としては、どちらかと言わなくてもクラウス様を身売りだと馬鹿にしていた貴族の方が嫌でしたね。あ、思い出したらふつふつと怒りが……! 私もクラウス様に倣って、あの方たちにチューリップの価格をふっかけておけばよかったです……!」


 そこへさらりとクラウスが混じってくる。


「大丈夫だよジネット。彼らなら最初から高い値段をふっかけてあるから」

「!? そうだったのですか!?」

(さすがクラウス様、ぬかりない!)


 感心しつつも驚くジネットの横では父が爆笑していた。酔っぱらいらしく、ぱんぱんと手で太ももを叩いている。


「この感じも久しぶりだのう。家に帰って来たという感じがする。あとクラウスくん、君前よりだいぶ素直になったね? 今までも思ってても口には出していなかったのに」

「もう隠さずに行くことにしたんです。でないと、ジネットは全然気づいてくれませんから」


 クラウスがニコッと微笑むと、父は「あぁ……」と何かを察した顔になった。


「ジネットはわしに似て鈍感だからねえ……。いやわしはなんだかんだレイラの気持ちには気づいておったけどもな?」

「さ、最近はだいぶ気付けるようになってきましたよ……!?」


 とは言ってみたものの、やはりどこか自信のなさが語尾ににじんでしまう。


「あれだけやって気づいてもらえなかったら、今度こそ僕は泣くよ」

「おぉ……今のやりとりだけでクラウスくんの苦労がひしひしと伝わるようだねぇ……!」


 言って父がぶるぶるっと震える。


「ようやくあなたが帰ってきてさぁ結婚式、と思ったら、今度はアリエルのことでずっと頭を悩ませていますからね……。早く僕だけのことを考えていてほしいものですよ」


 残念そうに言われ、それからちらりと見られて、ジネットは目を逸らした。


「ぜ、善処します!」


 そこに、何かを思い出したらしい父が「あっ」と声を上げる。


「結婚の単語で思い出した! わしからふたりに、プレゼントがあったんだった」

「プレゼント?」

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