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第78話 本当にこれでよかったのでしょうか

「――おや? 今日は珍しいね。ジネットが仕事以外で夜更かしだなんて」


 そんなクラウスの声が聞こえてきて、ジネットはハッと顔を上げた。


「あ、少し考え事をしていて……」


 言いながら手に持ったマグカップをぎゅっと握りしめる。中身は先ほどサラに入れてもらったホットミルクだ。

 今日はなぜか気持ちがそわそわとして落ち着かなくて、珍しく仕事を早く切り上げて居間で休んでいたのだが……。

 言いよどむジネットに気づいたクラウスが、そっと隣に座る。


「もしかして父君が気になるかい? それとも……アリエルのこと?」


 その指摘にジネットは目を見開いた。それから観念したように、ふっと息を吐く。


「……やっぱりクラウス様は全部お見通しですね」

「伊達に何年も君のことを見てきたわけじゃないからね。それに君は結構わかりやすい」

「えっ!? 私、わかりやすいですか!? 本当に!?」


 焦るジネットに、クラウスがくつくつ笑う。あわててサラを見ると、サラも当然と言わんばかりの顔でうなずいていた。


「お嬢様は大変わかりやすいですね。特に落ち込んでいる時はシーン……ってなるのですぐわかります」

「な、なんてことでしょう……!」

(まさかそんなに筒抜けだったなんて!)


 初めて知る事実が恥ずかしい。顔を赤らめているとクラウスが助け船を出してくれた。


「と言っても、それは近くで見ている僕たちに限った話だよ。君のことをよく知らない人なら、逆にジネットが何を考えているか全然読めないから大丈夫だ」

「そうですねえ。お嬢様がキラキラ目を輝かせて宝石を見ている時は、その宝石の価値を見定めているからなんて、普通の人は気づかないですもんね」

(ならいいのかしら……!?)


 まだ赤面しているジネットに、「それより」とクラウスが話を戻した。


「アリエルがどうしたんだい? 今朝手紙が来たと、嬉しそうに話していた気がするのだけれど」

「はい……それが……」


 実は今朝、ついに待ち望んでいた手紙が届いていたのだ。


「アリエルが手紙で教えてくれました。〝老いぼれた色欲のバラデュール侯爵〟はもういなくて、代わりにその息子に嫁ぐことになったと。けれど侯爵はアリエルのことを毛嫌いしていて、結婚式も挙げなければ指輪もなく、本当に形だけの夫婦になっているそうですよ。その上侯爵に倣ってか、使用人たちがアリエルにつらく当たっているようなのです」


 言いながらジネットはしょんぼりと肩を落とした。

 確かに、クラウスから前もって聞いていた。

 新バラデュール侯爵はアリエルが悪女だからこそ結婚する気になったと。

 けれど……。


「嫁ぐ先が色欲の前侯爵ではなく新侯爵なら……と思って私も送り出してしまいましたが、本当にこれでよかったのでしょうか。手紙には『気を遣う必要がなくなってせいせいした』と書いてありましたが、やはり心配で」

(あの時無理にでも、私が借金を肩代わりしていればよかったのでは。そうすればもっとアリエルにふさわしい人に嫁げたのでは)


 そんな考えがどうしても頭をよぎってしまう。

 頭を悩ませるジネットに、クラウスがふっと微笑んだ。それから手を伸ばしてきたかと思うと、横からぎゅっとジネットを抱き寄せる。クラウスの顎がくしゃりとジネットの髪の毛に触れた。


「く、クラウス様!?」

「ジネット、君は本当に優しいね。その優しさもまた君の魅力だが、僕としてはアリエルに妬いてしまうよ」

「アリエルにですか!?」


 アリエルは同姓であり、ジネットの義妹だ。


(どこに妬く要素が!?)

「せっかく父君が帰って来たんだ。僕としては、すぐにでも結婚式を進めたいところなのに、君ときたらアリエルのことばかり」


 言いながら、クラウスがスゥッと大きく息を吸う。

 髪の匂いを嗅がれていることに気づいて、ジネットは小さく叫んだ。


「ああああの! クラウス様! きょ、今日はまだお風呂に入っていなくてですね!」

「それがどうかしたかい? 君はいつだってお日様みたいないい匂いがするのに」

「そうは言いましても!!!」


 ジネットにだって女性としての恥じらいはある。

 必死に抗議していると、しょうがないなあ……という顔でようやくクラウスはジネットを解放してくれた。ただし匂いを嗅ぐのをやめただけで、腰に回された手はそのままだ。


「それにね、ジネット。レイラに身売りされたことはともかく、今回嫁ぎ先で不遇な目にあっているのは、ある意味彼女の自業自得でもあるんだよ」


 指摘されて、ジネットはうぐ……とうめいた。

 確かにアリエルが〝悪女〟と呼ばれるようになったのも、元々アリエル自身が本当にジネットの悪口を流していたからだ。その事実が周囲にバレた結果にすぎない。


「冷たいようだが、君にどうにかできることではないしどうにかするべきことでもない。その件に関しては、アリエルが自分で頑張るしかないと僕は思うよ」

「そう……ですよね……」


 ジネットはしょんぼりと肩を落とした。そんなジネットの姿を見てまたクラウスが笑う。


「今の君は、まるでアリエルのお姉さんを通り越してお母さんみたいだ」

「うう。頭ではわかっているのですが、この間アリエルが笑顔を見せてくれたのが嬉しくて……!」


 指をいじりながらジネットは白状した。

 今までずっと、アリエルには嫌われていると思っていたのだ。

 それがこの間の別れ際、思いがけずアリエルの心からの笑顔を見てからというもの、頭の中でずっとその笑顔が輝いていた。それは宝石のようにキラキラとしていた。


「そういうところだよ、僕がアリエルに妬いてしまうのは。君の頭の中を独占するのは僕だけでよかったのに……」


 やれやれ、とクラウスがため息をつく。


「大丈夫だよ、ジネット。この間君が攫われた時に見ていただろう? 今のアリエルはレイラに反抗できるようになったんだ。きっと嫁ぎ先でだって、自分自身の力で道を切り開けると思っている」

「そう、ですね。アリエルはもう小さな子どもではないですものね……!」


 ついついアリエルのために何かしてあげたいと思ってしまったが、そもそもアリエルがジネットに助けを求めてきたわけではないのだ。


(なら今は、ぐっとこらえて見守るべきなのかもしれない)


 ジネットが拳を握りながらぐぬぬと耐えていると、追加でクラウスが言った。


「もし君がどうしても気になると言うのなら、何か贈り物をするのはどうだろう」

「贈り物? ……バラデュール侯爵に、『アリエルをいじめないでください』っていう意味のお金を包むということですか!?」


 その言葉にクラウスはぶはっと噴き出した。


「違う、そうじゃないよ」


 笑いながら訂正する。


「現実的かつ合理的な案が実に君らしいけれど、その案は良くも悪くも影響力が大きいからいったん置いておこうか。僕が言っているのは、例えば長い船旅に出かける乗組員のために、家族は無事を祈るお守りを贈るだろう? そういった類の贈り物だよ」

「ああ、なるほど!」


 その答えに納得しつつも、ジネットはポッと赤面した。


(さすがクラウス様……! すぐお金で懐柔しようとしている場合じゃありませんでした!)

「直接的な効果があるわけではないし内容もいたってシンプルだけれど、今はそれくらいがちょうどいいのではないかな」

「わかりました。それならアリエルに何か贈り物をすることにします!」

(何がいいかしら! 私が贈り物をと考えるとついつい生活の手助けをしてくれるような実用品を送ってしまいそうになるのだけれど、今回はそれより気持ちが重要、よね……!?)


 ジネットはすぐさまうーんうーんと悩み始めた。


(アリエルは宝石が好きだから、願いを込めた宝飾品……でもこの間ギルバートに聞いたら、チューリップもとても大事に育ててくれていたようだし、それなら私を思い出してもらうためにチューリップを贈るという手も……ああでも、もし使用人たちに嫌がらせされて球根を潰されたりしたら、もっと悲しくなってしまうわよね!? 品物の方がいいのかしら? さすがにアリエルのものを盗む人はいないわよね……?)


 そこへコンコンコンと扉をノックする音がして、あわてた顔の使用人が入ってくる。


「あの……旦那様。ルセル男爵がいらっしゃっていますが、お会いになりますか?」

「お父様が?」


 ジネットとクラウスは驚いて顔を見合わせた。

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