第69話 アリエル、教えて
やがてクラウスもギヴァルシュ伯爵家に戻り、仕事がひと段落ついた頃。
今度は何やら戸惑った様子のギデオンがジネットを呼びにやってきた。
「ジネットさん、あなたにお客さんが来ているようですが……」
「お客さん? どなたですか?」
「それが、アリエルさんのようで……」
「アリエル?」
その名前にジネットが目を丸くする。
「どうしたのかしら……あっ、でもちょうどいいタイミングだわ」
父のことも報告したかったし、義母は大丈夫だったのかも気になっていた。早速アリエルを迎え入れようと、ジネットはサラにお茶の用意を頼もうとした。
「サラ、お茶をお願いできるかしら? それからギデオンさん、どうぞアリエルをこちらに――」
「それが……アリエルさんは外でお話したいと言っています。他の人に聞かれたくない話があるとかで」
「外で?」
ジネットはサラと顔を見合わせた。
(どうしたのかしら。他の人に聞かれたくないだなんて……やはりお義母様が何か……?)
「お嬢様、私もついていきますよ!」
すぐさま身を乗り出すサラを、ジネットはやんわり制した。
「大丈夫よ。アリエルは他の人に聞かれたくないらしいんだもの。私がひとりで行くわ」
「でも……急に怪しくありませんか!?」
完全に不審者を警戒するサラの態度に、ジネットが笑う。
「大丈夫よ。アリエルだもの。さすがに殺されはしないと思うの」
「たとえが物騒です!!! せめてもうちょっと穏便に!」
まだ納得いかなさそうなサラをなんとか説き伏せて、ジネットはひとり商会の外に出た。
きょろきょろと見回すと、商会からかなり離れた街角にアリエルが立っている。
「アリエル、どうしたの?」
ジネットが遠くから声をかけると、なぜかアリエルはビクッと肩を震わせた。その顔色は悪く、今にも気絶してしまいそうなほどだ。
「お姉様……」
「アリエル、あなた大丈夫? すごく顔色が悪いわ。まさか病気に!?」
心配して詰め寄ると、アリエルはぶるぶると震えるようにして首を横に振った。
「だ、大丈夫」
(ちっとも大丈夫そうじゃないわ!)
なおもジネットが詰め寄ろうとした、その時だった。
蚊の鳴くような声でアリエルが、
「お姉様、ごめんなさい……」
と囁いたかと思うと、路地から現れた数人の男がジネットを羽交い絞めにしたのだ。
「!?」
続けざまに口を押さえられ、暗がりにずるずると引きずられていく。アリエルはそんなジネットを悲しそうな目で見ながら、後ろをとぼとぼとついてくる。
(アリエル、どうしてこんなことを!?)
けれど口を押さえられているせいで、言葉はくぐもった音にしかならない。
(アリエル! 教えて。アリエル――!!!)
やがてジネットは留めてあったらしい馬車に無理矢理押し込まれると、手足をしばられ、目隠しをされ猿ぐつわを噛まされた。気配からして、馬車の中にはジネットを攫った男たちとアリエルもいるようだ。
けれどアリエルはひと言も発することなく、振動とともに馬車はガタゴトと走り出したのだった。