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第7話 僕の可愛い婚約者(クラウス視点)

(ジネット……!?)


 目を丸くするクラウスのそばで、令息たちがざわめき立つ。


「なんだこいつ」

「おい、こいつじゃないか? クラウスの婚約者って」

「じゃあ、ジネット・ルセルか?」


 そう言う彼らは全員、背も体格も十分に育った十七の青年だ。それに対してジネットはまだたったの十三歳。

 当然、身長も体格も全然違う。

 十三歳の少女の目に映る彼らの姿は、さぞや大きく、恐ろしいことだろう。


 だがそれらをものともせず、ジネットはキッと令息たちをにらみつけた。濃い化粧をしているせいなのか、その顔には謎の迫力がある。


「クラウス様はすばらしい方です! 勤勉で、努力家で、私にだって親切にしてくれる方なんです! それにギヴァルシュ伯爵家のために、クラウス様が幼い頃からどれだけ努力してきたのかを、あなた方は知っていますか!? それなのに寄ってたかって……なんと卑怯な!」


 言いながら、ジネットはどんどん気持ちがたかぶってきてしまったらしい。大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちるのを見て、令息たちがぎょっとした。


「お、おい。こいつ泣いているぞ」

「こんな場面を見られたら面倒になる」

「ちっ。さっさと行くぞ!」


 さすがにいい年をした青年たちが、寄ってたかってひとりの少女を泣かせたのでは外聞(がいぶん)が悪いのだろう。

 そそくさと逃げる令息たちを見ながら、クラウスはハンカチを取り出し、そっとジネットの頬にあてた。


「……ありがとう。僕のために、怒ってくれたんだね」

「こっ、これくらい……! 婚約者として当然のことです! それより申し訳ありません。もっと毅然(きぜん)としているつもりが、クラウス様の気持ちを考えていたら、す、すっごく悔しくなってきてしまって……!」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ジネットがしゃくりあげる。

 その姿は幼いながらも気高く、クラウスは驚きに目を見開いた。


(……思えば、こんな風にかばってもらうのも、初めてかもしれないな)


 クラウスが言いがかりをつけられていても、皆見て見ぬふりばかり。クラウス自身ことを荒立てたくなかったから気にしてこなかったが――。


『クラウス様を悪く言わないでください!』


 飛び出してきたジネットの真剣な表情を思い出して、クラウスはふっと微笑んだ。


(君だけは、僕を守ろうとしてくれたんだね)


 言葉の代わりにそっと涙をぬぐってやると、ジネットがハッとしたようにあわて始める。


「あ、あの、クラウス様……! ハンカチに、私のお化粧がべったりついて……! ハンカチがだめになってしまわれます!」

「構わないよ。君の涙を拭けるのなら光栄なことだ」


 クラウスがそう言って微笑むと、ジネットは赤面した。


「な、なんてお優しい……! では今度、最高級のハンカチをお返しいたしますので!」

「優しいのは君の方だよ。……おや?」


 クラウスは、目を見張った。


 ジネットは泣いたせいで化粧がぐずぐずになってしまったのだが、ハンカチで優しく丹念(たんねん)にふき取っているうちに、彼女の素顔が出てきたのだ。


 クラウスの手のひらに収まってしまいそうなほど小作りな顔に、緑がかった大きなグレーの瞳。

 赤毛は太陽の光を全部吸い込んでしまったかのような艶を放ち、顔にはまだあどけなさが残るものの、それがかえって彼女の妖精めいたかわいさを引き立てている。


 ジネットは控えめに言って、かなりの美少女だった。


「ジネット……君はとてもかわいらしいのに、なぜあんな濃い化粧を?」


 クラウスが不思議に思って尋ねると、ジネットはあわてて手を振った。


「かっ、かわいいだなんて……! 私の顔はとても地味で見栄えがしないので、お義母様がいつもこのお化粧を選んでくれるんです!」


「君の義母(はは)(ぎみ)が……?」


(それはまさか、いじめられているのでは……?)


 だがクラウスがそう考えた矢先だった。ジネットがにこりと、満面の笑みで微笑む。


「このお化粧をするとお義母様が喜んでくれるので、私も嬉しいんです。それに、なんだかとっても強くなった気がするので、気に入っているんですよ!」


 キラキラと輝くその瞳に嘘はなく、どうやら本気で言っているらしい。


(彼女が気に入っているのなら、僕が口出しをすることではないな。……それに)


 じっとジネットを見ながら、クラウスは思った。


(……彼女の素顔を知っているのは、僕だけで十分だ)


 ――それはクラウスが十七年間生きてきて、生まれて初めて芽生えた独占欲だった。

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