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第62話 おふたりとも落ち着いてください!

 一方その頃。ジネットはルセル商会の会長室で資料とにらめっこをしていた。


 机に並べられた様々な資料には、チューリップを販売開始してからの価格変化が事細かに記されている。参考として、そばには他の花の価格変化を記した紙も置かれていた。


(やっぱりこうして見ると、今回だけ異常に値上がりしているわ。他の花ならグンッと落ちていたところで、落ちるどころか上がり続けている……)


 ううん、とうなってからジネットは顔を上げた。目の前のソファでは、クラウスとキュリアクリスが同じく難しい顔で、それぞれの資料をにらんでいる。


「おふたりはどう思われますか? 今回の件、無理をしてでも継続すべきか、手を引くべきか」


 ジネットの声にふたりは顔を上げた。その表情にはどちらも迷いが浮かんでいる。


「私は継続すべきだと思うぞ」


 先に切り出したのはキュリアクリスだった。


「仮にここで手放したら、今まで築き上げてきたものがすべて無になってしまう。価格は高いが、それはチューリップにそれだけの価値があるからこそだと思っている。怖じ気づいた結果、金も名誉も、すべて他人のものになってしまってもいいのか?」


(キュリアクリス様は継続派なのね)


 ジネットは考え込んだ。

 確かに彼の言う通り、ここで手放してしまったらジネットやクラウス、そして何より両国を繋いでくれたキュリアクリスの努力が水の泡となってしまうだろう。


「……僕は逆意見だな」


 慎重に、言葉を選ぶように言ったのはクラウスだ。彼はゆっくりと、頭の中の考えをまとめるようにしながら言った。


「キュリの言い分もわかるが、このまま突き進むのは危険だと思う。いくらチューリップが美しく貴重な花とは言え、それでも結局のところ“花”にすぎないんだ。たったひとつのチューリップが熟練の職人の年収を上回るなど、異常としか言えない」

「その熱狂ぶりこそ商機なんじゃないか!」


 クラウスの言葉に、キュリアクリスが被せるようにして言った。


「商売は人の欲と欲のぶつかり合いだ。お前とジネットが協力して人々の欲を作り上げ、今はその欲望の渦がかつてないほど大きく深くなっただけ。今を逃さずつかみ取ってこそ、商売人じゃないのか?」


 興奮気味に、そしてどこか挑発的に言いつのるキュリアクリスに対して、クラウスも厳しい顔で続ける。


「キュリ。それは本当に商機なのか? 商機と博打を取り違えてはいけない」

「ほう? 値上がりが目に見えているのに、これは博打だと?」

「僕にはそう見えるよ。なぜならそれだけの高値がつく実態がない」


 言って、ふたりは無言でにらみ合った。バチバチと、目に見えない火花が飛び散った。


「クラウス……私は君を冷静で落ち着いた男だと思っていたが、まさかこんなに憶病な男だとは思っていなかったぞ」

「おや、奇遇だね。僕も君のことを勇猛果敢な人物だとは思っていたが、軽慮浅謀な人物だと考えを改めるべきか?」

「ほほう?」


 ピキ、とキュリアクリスの額に青筋が浮かぶ。


「あああ、あの! おふたりとも落ち着いてください!」


 その剣呑な様子に、ジネットはあわてて飛び込んで行った。


「おふたりとも有意義な意見をありがとうございました! 参考にさせていただきますね!」


 ぺこりぺこりと勢いよく頭を下げれば、「ふぅ……」とため息ががして、浅黒くたくましい腕がジネットに伸びて来た。

 そのままぐいっと肩を掴まれ、引き寄せられる。


「わっ!」


 倒れそうになったジネットがとっさに手を突き出すと、その手が触れた先はキュリアクリスのたくましい胸元だった。

 ガタタッと音がして、一瞬で憤怒の表情になったクラウスが立ち上がる。


「キュリ! ジネットから手を放せ!」


 一方のキュリアクリスは、クラウスの怒声などどこ吹く風。手を放すどころかますますジネットを引き寄せ、クラウスに見せつけるように不敵に笑ってみせた。


「いやあすまない。少し頭に血が上りそうになったのでね。自分を落ち着けるために癒やされたくて、つい彼女に手が伸びてしまった。こういうのを、最近はアンガーマネジメントと言うんだったかな?」


 なんて言いながら、ジネットの髪を嗅ぐように顔を寄せてくる。


「あっあの! キュリ様! 戯れもそこまでにしてください!」


 ジネットが全力で押しやろうとするものの、キュリアクリスはビクとも動かない。力が強いのだ。

 そこに、ゆらりとひとりの人物が立ちふさがった。――クラウスだ。


「キュリ」


 そう呼んだ声はかつてないほど低く恐ろしく。

 クラウスの表情は静かだったものの、瞳の奥に光るのは鷹のように獰猛な光だった。

 すぐさまガッと伸びて来た手が、キュリアクリスの手首を強くつかむ。


「前に言っただろう。いくら君とて、ジネットのことだけは許さないと。今すぐ彼女から手を放せ」


 それに対してキュリアクリスはにやりと笑っただけ。

 しばらくギギギ……と、無言の応酬が繰り広げられた後、突如キュリアクリスがジネットからパッと手を放した。


「そうムキになるな。私も君と本気で喧嘩がしたいわけじゃあない。しかしクラウス、君は思ったより力が強いんだな?」


 言いながらキュリアクリスが手を掲げると、その手首にはくっきりと赤い手形がついていた。クラウスが掴んだところだ。


「だ、大丈夫ですかキュリ様! 手当てを」

「大丈夫だ。これくらいすぐ治る。それよりもクラウスは怖いな? 友に対して、こんな手荒いことができるなんて」


 冗談めかして笑うキュリアクリスに、クラウスはぶすりと返した。


「手加減しなかったことを謝るつもりはないぞ。ジネットに手を出す以上、覚悟の上のはずだ」

「はは! 確かにそれは君が正しい。よその婚約者に手を出そうとしている雄は何をされても文句は言えないな。それでこそ、奪い甲斐があると言うものさ」

「キュリ……! 君という人は……!」


 その時だった。

 コンコンコン、と部屋の扉をノックする音がして、ギデオンが入って来たのだ。


「すみません、お取り込み中でしたか」

「いいえ大丈夫よ。どうしたの?」


 ジネットがすぐに向くと、ギデオンはためらいがちに口を開いた。


「それが……ジネット様にお客様が来ているのです」

「お客様? 誰かしら?」

(クリスティーヌ様? それとも商会のおじ様たち?)


 ジネットが考えていると、ギデオンがスッ……と体をずらした。

 その先に立っていたのは――義妹のアリエルだった。






***

先週コロ助にかかってお休みしていたので、今週は2話連続更新しました~~!!!(遅刻したけれど……)

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