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第60話 これは……この感じは……!

 その後もチューリップの価格高騰は止まらなかった。


 百万クランダーが百五万十クランダーになったかと思うと、その次はすぐに二百万クランダーになる。

 貴族も商人もこぞって花に華美な名前をつけたがり、球根が手元にないにも関わらず、価格だけが上がり続ける。


 人々はまるで熱病に浮かされたように、チューリップを追い求めていた。


「一体なんなんだこの熱狂ぶりは……!」


 そう言いながらルセル商会の会長室で頭を抱えたのはキュリアクリスだ。周りにはジネットやクラウスの他、ギデオンを含めたルセル商会のメンバーもいる。

 キュリアクリスが仕入れ先にしていたチューリップ農家も、ついに皇族という手札だけでは縛れないほどの高額引き抜きを受けていた。

 そのため、ルセル商会でもどこまで仕入れ値を上げるのかという会議を開いていたのだ。


「確かにチューリップは我がパキラ皇国では高貴なる花だ。それだけの美しさと価値もあると自負している。だがいくらなんでもこの熱中ぶりはおかしいぞ」


 キュリアクリスが頭を振りながら、理解できない、というように言い捨てた。そばで聞いていたクラウスも顎に手を当て、考え込むようにして言う。


「……我が国はこの数年、かつてないほど富んでいる。鉱山や航路から得た財で豪商となった商人は少なくないし、何を隠そうルセル男爵だってそのうちのひとりだ」


 彼の言葉に、ジネットとその場にいたルセル商会のメンバーがうなずく。


「それは貴族たちだって同じだ。彼らが得た先買権が一体どれほどの利益を生み出しているのかはわからないが、間違いなくお金はある。そして時間もある。となると皆、お金をつぎ込める何かを探していたとしてもおかしくはない」

「それに選ばれたのがチューリップだった……というわけか」


 キュリアクリスの言葉に、クラウスは静かにうなずいた。


(確かにマセウス商会のミルクガラスといいオーロンド絹布といい、この数年は順調すぎるほど物が売れていると思ったけれど……それはこの国が豊かだったからなのね)


 ジネットはクラウスたちと違って経済学をきちんと学んだわけではなかったが、それでもこの国が富んでいるのは肌で感じていた。


 この国の黄金時代とでも呼ぶべき時代が到来した結果、人々がより美しいもの、より価値のあるもの、そしてより熱中できるものを探し求め、お金を投じたのが今のチューリップだという話はなんとなくわかる気がする。


「熱狂の理由がわかったところでさぁ、仕入れ値の件はどうするんだい? このまま際限なしに値上げしつづけるのかい?」


 そう渋い顔で切り出したのは、ルセル商会の母親役とも言える壮年の女性だ。

 ジネットとも付き合いが長く、よく可愛がってもらっていた。


「あたしゃ危険だと思うがね」

「だが見てみろ!」


 そこに食って掛かったのはまた別の男性。


「チューリップの価格は際限なしにどんどん上がりつづけているんだぞ。今ここで手放して、一年後に十倍になっていたらどうする? 我々は大損をしたことになるのだぞ!」


 彼も父の仲間として長年、ルセル商会に貢献してきている人物だ。

 ふたりは互いの意見をぶつけ合い始めたかと思うと、すぐに他の人も混じって喧々囂々の騒ぎとなった。


 一方のジネットは、彼らの発言をひとつひとつ注意深く聞きながらじっと考え込んでいた。


 やがて埒が明かないと思った従業員たちが、ぐるりとジネットの方を向く。


「ジネットちゃんはどう思うんだい!?」

「そうだ、今の会長はあんただ。ジネットちゃんが決めてくれたら、俺たちも文句は言わねえ!」


 その言葉とともに、視線が一斉にジネットに集まる。

 ジネットは両手を組むと、ゆっくりと目をつぶった。

 それから――。


(これは……この感じは……)


 かと思うとカッと目を見開いた。


(久々のご褒美ですね!?)


 ――何を隠そう、ジネットはとてつもなく興奮していたのだ。

 商売がうまく行った後は、大体何かしらのご褒美がやってくることが多いが、まさか今度はこんな異常な高騰と球根の奪い合いだなんて。


(今回のご褒美は新手ですね!? どう対処したらいいのかしら!?)


 未知なるご褒美に瞳はギラギラと輝き、知らず知らず鼻の穴が膨らんでいく。

 無意識のうちにフンッフンッと鼻息荒くなったジネットに気づいたクラウスが、フフッと笑みを漏らした。それから頭の上にクエスチョンマークを浮かべているキュリアクリスを尻目に、ジネットにそっと囁く。


「ジネット、興奮しすぎて息が浅くなっているよ。ほら、ゆっくり深呼吸して……」

「えっ! あっ!」


 指摘されて、ジネットはハッとした。

 見れば、先ほどまでバチバチにぶつかり合っていたルセル商会の面々が、今は「やれやれ」という顔でジネットを見て笑っている。


「本当、ジネットちゃんはあいかわらずだねぇ」

「まったく、こんな時でもそんなに目をきらきらさせられるの、お前さんぐらいだよ」

「懐かしいですねこの感じは。ジネットさんが帰って来たという気がします」


 そう言ってくすくす笑っているのはギデオンだ。


「そ、そうでしょうか……!」


 照れるジネットに、にこにこと見守るルセル商会のメンバーたち。

 先ほどまでが嘘のように場の空気が和み、唯一まだジネットの『ご褒美』思考についていけていないらしいキュリアクリスだけが、ひとり不思議そうにまばたきを繰り返している。

 そんな彼に、クラウスが自慢げな顔で近づいて行った。


「キュリ。君にも教えてあげよう。僕のジネットはね、どんな時でもめげず明るさを忘れない、それはそれはたくましい精神を持っているんだよ」

「へぇ?」

「ジネットにとって苦境や試練はすべてご褒美なんだ。そして試練に立ち向かうジネットの姿を見てごらん。そんな彼女は戦いの女神よりも勇ましく、美の女神よりも美しいと思わないか……!」


 聞いているうちに段々過激になっていく台詞に、そばにいたジネットの顔が赤くなった。


(あ、あの、クラウス様! それはいささか褒めすぎなのではないでしょうか!? 全部聞こえています……! というかクラウス様の目に私の姿はどう映って!?)


 一方、瞳を潤ませて語るクラウスを、キュリアクリスは新種の生物を見るような目で見た。


「クラウスお前……いつのまに詩人を始めたんだ」


 ハッとしたクラウスが、頬を赤らめる。


「……ゴホン。つまり僕が言いたいのは、ジネットがどういう行動に出るのか、僕も、それからみんなも楽しみにしている、ということだよ」


 彼の言葉に、ギデオンたち他の従業員もうなずいた。


「ルセル商会の会長はあなたです。ジネットさん」

「あたしたちはあんたについていくよ、ジネットちゃん」

「さあ、俺たちに教えとくれ。これからルセル商会は、どう進んでいけばいいんだ?」


 皆が見つめる中で、ジネットはゆっくりと開いた。


「止めるにせよ、進むせよ――皆さん、もう少し私に時間をくれませんか」

「時間?」

「はい、時間です。今の状況はあまりにも未知数すぎて、決断するためにはもっと判断材料が必要だと思うんです。もちろん、のんびりしている時間はありませんが……」


 ジネットの言葉に、キュリアクリスは「確かにそうだな」と呟く。


「それなら、交渉をしばらく先に伸ばせばいいのか? それだったらなんとかなりそうだ」

「はい! お願いいたします! その間に、私も結論を出しますね!」


 ジネットの力強い声に、その場にいた人たちが皆うなずいた。





***


皆様あけましておめでとうございます!

私にできることは読者様の心を異世界旅行に連れて行ってくれるようなエンタメを提供することだけなので、今年もワクワクドキドキするようなお話をたくさんお届けしていければと思います!今年もどうぞよろしくお願いいたします~!

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