表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/121

第54話 蓋を開けてみてのお楽しみです!

「どうしたの? 何か気になるものがあった?」

「いえ、これ……。〈スペルヴァンホーデン〉って言っちゃえば、皆さん信じて買うのでは? と思ってしまって」


 その言葉にジネットはぎょっとした。後ろで聞いていたキュリアクリスとクラウスも、ブフッと噴き出している。


「だ、だめよサラ! 確かに宮殿産でも普通のチューリップでもまず見分けがつかないと思うのだけれど、それは産地偽装だわ!」


 ジネットがあわあわと答えれば、サラがいつになく真剣な瞳でキリリと言った。


「でも……わかりっこないですよ!? だって全然見分けがつかないじゃないですか!」

「で、でもほら、〈スペルヴァンホーデン〉の方が全体的に球根がやや小粒だし、色だって少し濃いじゃない!」


 あわてていさめようとするジネットに、サラは反省するどころかますます目を細めてじっ……と球根をにらんでいる。


「それ、見分けられるの多分お嬢様だけだと思いますよ。混ぜちゃったら普通の人は絶対気づきませんって。それに宮殿産じゃなかったとしても、ルーツをたどれば最終的には宮殿産と同じかもしれないじゃないですか! なら類似した名前を付けて売ればいいのでは!?」

「それはちょっといい案……じゃなかった! だ、だめよだめだめ、そんなことを言っちゃだめ!」


 うっかり同意しかけて、ジネットが必死に首を振る。そこに、くつくつと笑いながら会話に乗り込んできたのはクラウスだ。


「サラ嬢……君は意外と商魂たくましいというか、腹黒いことを考えるね」

「だてにお嬢様の侍女をやっていませんからね! じゃないとあの猛毒親子相手にやってられませんでしたし!」


 キリッとした顔でサラが返すと、聞いていたキュリアクリスが「あっはっは!」と声を上げて笑い始めた。


「さすがジネット嬢の侍女だな! 頼もしい」

「お褒めにあずかり光栄でございます」


 キュリアクリスは笑いすぎて目に涙まで浮かんでいた。その涙を拭いながら彼が答える。


「産地偽装は信用問題にかかわるためいただけないが、名前を変えて売るというのは悪くない案だ」

「ですがキュリアクリス様……!」


 そこに控えめながらも、確固たる意志で乗り出してきたのはジネットだ。


「今回〈スペルヴァンホーデン〉以外のチューリップを仕入れたのは、儲けよりももっと他に目的があるのをお忘れですか!」

「おっと、そうだった」

「他の目的? 一体何を狙っているんだいジネット」


 クラウスに尋ねられて、今度はジネットがキリリとした表情になる。


「それは、一般市民への普及です!」

「「一般市民への普及?」」


 クラウスとサラの声が重なった。


「はい! 〈スペルヴァンホーデン〉は上流階級向けのチューリップ。ですが……」


 言いながら、ジネットは説明した。

 〈スペルヴァンホーデン〉は今後、上流階級のステータスシンボルとして機能するのは間違いないだろう。庭に〈スペルヴァンホーデン〉が咲いていることで、自身の富や地位を主張できるのだ。

 そして一度それが認知されると、今度はそれを見た中流や労働者階級の人々が真似したくなるはず、というのがジネットの考えだった。


「だから〈スペルヴァンホーデン〉以外のチューリップはわざと値を落として、貴族以外の方々も購入できるような価格にするつもりです。ルセル商会は元々、労働者階級の皆様の味方ですから!」


 にっこりと答えれば、クラウスは「なるほど……」という顔でうなずいた。サラが、勢いよく頭を下げる。


「そうとも知らず、出しゃばったことを言ってしまい申し訳ございません!」

「いいのよ。名前を変える案はおもしろかったもの。その手は別のところで使えそうな気がする!」


 ちゃっかりいいアイディアを逃すつもりのないジネットが、ほくほくしながら答えた。


「さ! それよりも急いで球根たちを持ち帰ってしまわなければ。サラ、荷積みの誘導をお願い」

「承知いたしました!」


 すぐさまサラは、ルセル商会の人たちとともにテキパキと荷物を馬車に積み上げていった。


「ジネット様」


 そこへ父の右腕であるギデオンがやってくる。


「頼まれていた額縁の見本も出来上がりましたよ。ルセル商会に納品されていますので、後ほどご確認いただけると」

「本当!? 楽しみだわ!」

「額縁? なぜ急に額縁?」


 クラウスが首をかしげている横では、キュリアクリスも不思議そうに眉を上げている。

 そんなふたりを見ながら、ジネットは「ふふふ」と楽しそうに笑った。


「それは……蓋を開けてみてのお楽しみです! 私の予想ならきっとこれも売れると思うんです」



 そうして上流階級用のチューリップに続いて、中流階級や労働者階級向けに安価で売り出されたチューリップも大々的に売り出された。


 そのチューリップは顧客として考えていた階級の人々はもちろん、〈スペルヴァンホーデン〉を入手できなかった貴族も買いに来たため、〈スペルヴァンホーデン〉と同じく早々に売り切れることになったのだった。


 ――そうしてひと時の冬を越え、春。





***

\隠れ才女2巻本日発売です/

書籍版には書き下ろし番外編「アリエルの婚姻」がついていますのでなにとぞ!




\隠れ才女2巻本日発売です/

書籍版には書き下ろし番外編「アリエルの婚姻」がついていますのでなにとぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ