第53話 さすがの手腕です……!
〈神々の戯れ〉こと〈スペルヴァンホーデン〉と名付けられたチューリップの球根は、開花まで時間がかかるにもかかわらず、発売直後から好調な売れ行きを見せていた。
「ねえ、あなたはもう手にいれまして? パキラ皇国の宮殿で愛でられていたというチューリップ」
「もちろんでございますわ。〈スペルヴァンホーデン〉でしょう? 今うちの庭師が丹精込めて育てていますわ」
「あら、うちなんか早くも芽が出てきましてよ」
「あなた嘘おっしゃいな! そんなに早くは咲かないって聞きましたわよ。本当にルセル商会で買ったもの? 偽物を買わされたんじゃなくって?」
「まあ!」
なんてにぎやかな笑い声が、社交界のあちこちから聞こえてくる。皆花が咲く前から生育具合を競うのが楽しくて仕方ないらしい。
その様子をニコニコしながら見守っているのはもちろんジネットだ。
乗り込んだ馬車の中で、ジネットはうきうきしながら言った。
「キュリ様の見立て通りでしたね! どこに行っても話題はチューリップのことばかり。早くも、次の時期に仕入れる球根を先に予約したいという声まで来ています!」
弾んだ声にキュリアクリスも満足げだ。
「チューリップは魅力的な花だからね。珍しいもの好きな金持ちどもに付加価値をつけてやれば、きっと目の色変えて飛びついてくる気はしていた」
「さすがの手腕です……! キュリアクリス様はルセル商会に勉強に来たとおっしゃっていましたが、私の方が勉強させていただいていますよ」
「そんなことはない。どういう風にチューリップを売るきっかけを作るのか、私もとても勉強になったよ。まさかクラウスがあんなことをしてくれるなんてな」
言いながら、思い出したかのようにキュリアクリスがくすくすと笑った。
実は先日のチューリップお披露目の場には、キュリアクリスもちゃっかり参加していたらしい。
ただし彼は気づかれたくないとかで、一体どうやったのか、舞踏会の給仕係としてその場にいた。
だからクラウスがチューリップに口づけし、失神者を大量に出したところも、キュリアクリスはしっかり見ていたのだった。
「ああいうキザったらしいことを、まさか人前でやるなんてな? 聖人クラウス様がずいぶんと頑張ったじゃないか」
おもしろがるように笑うキュリアクリスを前に、クラウスは余裕しゃくしゃくだ。
「何とでも言えばいいさ。あれは他らぬジネット直々の頼みなんだ。彼女からの願いとあれば、どんなキザな役だって演じてみせるとも」
「お前、意外と役者に向いているかもしれないな。その顔にその演技力、きっと人気が出る」
「お褒めにあずかり光栄だよ。それより、もう次のチューリップの予約が入っているのかい?」
問いかけられて、ジネットは元気よくうなずいた。
「そうなんです! 球根が収穫できる時期は限られているので、売り切れたらもう次のシーズンが来るまでは入手できないのですが……それでもいいから予約させてくれとおっしゃる方が多くて。これは意外と長期的な販売が見込めそうな気がします……!」
基本的に花というものは、初期の頃には珍しさから高い値段がつけられ、間を置かずすぐに値崩れすることが多い。だから一年後とも言える次の球根にまで予約が入るのは異例の話だった。
「それはすごいね。性質上、すぐに在庫を増やせないのがなんとも惜しいが……」
「でもただ待っているだけで終わる気はありませんよ! そのために港に向かうのですから!」
馬車についた小さなカーテンから、ジネットは外を覗いた。
ジネット、クラウス、キュリアクリス、それからサラも含めた四人は今、大きな貨物船の泊まるこの辺り最大の港に向かっていた。
やがてガタンと馬車が止まる音がして降りれば、辺りは既に人と荷物であふれかえっていた。
「もうたくさんの方がいらっしゃっています! 私たちも行きましょう!」
「はい! お嬢様!」
あちこちに積み上げられた大量の木箱に、その前で集まって話をする男性たち。
そんな組み合わせのグループが港に所狭しと並び、人々は怒鳴るようにして話をしていた。やがて話し終えた者たちが木箱を自分たちの馬車に積み上げ、運び去っていく。
皆、積み荷を運んできた乗組員と、受け取りに来た商人たちだった。もちろんジネットたちの馬車の後ろにも、ルセル商会の従業員何人かと荷物を運ぶための荷馬車がついてきている。
「さて、うちのは……」
そう言ってジネットたちの先頭を歩くのはキュリアクリスだ。今回の荷物はパキラ皇国から運ばれてきたものも多く、それを手配してくれたのが彼だった。
「お、いたな」
目線の先にいたのは、彼同様ひと目で異国人だとわかる褐色の肌をした男性たちだった。向こうもキュリアクリスに気づいたらしく、そのうちのひとりが手を振る。
『おーい! こっちですキュリアクリス殿下!』
『ご苦労。今回の荷物はこれで全部か?』
『はい! かき集められるだけかき集めてきましたよ!』
交わされるのはもちろんパキラ語だ。
すぐさまキュリアクリスが木箱の蓋を開け、中を確認してから満足そうに微笑む。
「うん、いい品質だ」
釣られるように、ジネットやクラウス、サラも覗き込んだ。
その中に入っているのは、つやつやと茶色に光る球根。
サラが小さな声で呟く。
「……何回見ても、玉ねぎみたいですね……!」
「ふふ。確かに、いつか玉ねぎと間違えて食べちゃう人が出そう」
先が尖った形といい、茶色の皮といい、見た目的には本当に玉ねぎによく似ている。けれどこれは間違いなくチューリップの球根だった。
荷物を運んできたパキラ人と話していたキュリアクリスが、指さしながら説明する。
「ここからここまでが〈スペルヴァンホーデン〉の箱で、それ以外は全部普通のチューリップだ」
「普通のチューリップ? 全部〈スペルヴァンホーデン〉ではないのか?」
「予想以上の売れ行きだったからな、さすがに在庫が尽きたよ。それに〈スペルヴァンホーデン〉ほどの高値はつけられないが、普通のチューリップもチューリップだ。十分良い値で売れると思っている」
「なるほど……。確かに手に入らないのなら普通のチューリップでもいいという人はいそうだ」
そんな会話をしている横で、じっ……と球根を見ているのはサラだ。気づいたジネットが声をかける。
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