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第49話 いつか私も、こんな夫婦に

 どこかでその話を聞いたような、とジネットが目をぱちぱちとまばたかせていると、先にクラウスは何かを思い出したらしい。


「……そういえば、クリスティーヌ夫人は元々、パキラ皇国に嫁ぐ予定だったそうですね?」

「あっ! そういえば!」


 確かにジネットも以前、父から聞いたことがある。クリスティーヌ夫人は元々、王女としてパキラ皇帝に嫁ぐ予定だったと。

 けれどそこに公爵が現れ、見事パキラ皇帝の難題を解決することでクリスティーヌを娶る権利を勝ち取ったのだと言う。


「あら、ふたりともご存じなのね。ジネット様が生まれる前の話なのに」

「父から聞きました」

「私もです! なんでも世紀の大恋愛だったと!」


 クラウスが微笑みながら、ジネットが興奮しながら言うと、クリスティーヌ夫人は恥ずかしそうに笑った。


「うふふ、そうなの。レイトンったら、本当にすごい活躍をしてきちゃって。今の姿からは想像もつかないでしょう?」


 言いながら、クリスティーヌ夫人がレイトン、もといパブロ公爵の出っ張ったお腹を撫でまわした。


「す、少し丸くなっただけだ」

「そうね。いかつい熊さんが、可愛い熊さんに変わっただけですものね?」


 くすくすと笑うクリスティーヌ夫人の顔は、本当に幸せそうだった。

 パブロ公爵を見つめる目に宿るのは、紛れもない深い愛情。そして気まずげに咳払いしているパブロ公爵もまた、照れつつも優しい瞳でクリスティーヌ夫人を見守っている。


 結婚して二十年経とうとも、ふたりの愛情は変わらぬどころか、より深くなっている――そう思わせる眼差しだった。

 思わずジネットの口から、ほぅとため息が漏れる。


(なんて素敵なおふたりなのかしら……。いつか私も、こんな夫婦になりたいわ……)


 そして気づく。


(ってあら? 私と夫婦ということは、当然夫は婚約者であるクラウス様よね……?)


 二十年も経ったら……ふたりの顔には多少なりともしわが刻まれるだろう。

 もしかしたら、子どもだっているかもしれない。

 年を重ねた自分とクラウスと、そして生まれた子ども――その並び立つ姿を想像して、ジネットはぽっと顔が赤くなるのを感じた。


「ジネット? どうしたんだい?」


 つい両手で頬を押さえてしまったジネットを、すぐさまクラウスが心配そうに覗き込んでくる。


 さらりと揺れる銀色の髪から見えるのは、アメジストのような紫の瞳。少し心配そうな表情もまた絵になるほど麗しくて、ジネットはあわてて目を逸らした。――いつも以上の美しさに、ジネットが耐え切れなくなったのだ。


「い、いえっあの!」

(こ、このまま見つめていたら、まぶしすぎて失神してしまう……!!!)


 そういえばさっき、どこぞの令嬢がクラウスを見て失神していた。そのことを思い出して、ジネットは二の舞にならないよう急いで呼吸を整えた。


「その、おふたりの仲睦まじさがあまりにまぶしくて、動悸が……!」

(う、嘘はついていない! ……と思う!)

「うふふ、ありがとう。嬉しいわ」


 上機嫌そうなクリスティーヌ夫人に、ジネットは「そうだ!」と切り出した。


「あの、よければ今度、その話を詳しく聞かせていただけないでしょうか。私も酔ったお父様から聞いただけなので、ぜひクリスティーヌ様から直接聞きたいんです!」

「私たちの話を? 構わないけれど……二十年も前の話よ? 退屈じゃないかしら?」

「いえっ! 全然!!! 皆様興味あると思いますし、何なら本にいたしましょう! いえ、むしろ戯曲の方がいいかしら!?」


 残念ながらジネットには物語を紡ぐ才能はないのだが、それならできる人を雇えばいいだけ。

 小説家か脚本家を雇ってラブストーリーにしてはどうだろうか、とジネットは真剣に考えていた。うまくいけばパブロ公爵夫妻の名は物語として語り継がれ、後世に名を遺すかもしれない。


(あああ! そうだ! それがいいわ! おふたりにはきっとそれがふさわしい……! 次の結婚記念日にお贈りするのはどうかしら!? ならまずは小説家を見つけないと。頼むなら思い切り、ロマンチックに書いてくれる方がいいもの! たしか文学に造詣の深い、パトロンもしていらっしゃるおじ様がいらっしゃったような……!)


「……ット。ジネット」


 その時突然ふっ、と耳元に息を吹きかけられ、ジネットは「ひゃい!?」と叫び声を上げた。


 見ると、クラウスがくすくすと笑いながらこちらを見ている。彼だけではない、クリスティーヌ夫人もだ。どうやらまた、いつの間にか自分の世界に浸ってしまっていたらしい。


「あ……! わ、私ったら……!」

「もう慣れたわ。その楽しそうな話も、今度聞かせてちょうだいね」


 シュンとするジネットに、夫人は優しく語り掛ける。


「そうだ。私が話を変えてしまったけれど、そのチューリップというお花について続きを聞かせてくれないかしら? とても綺麗なお花だわ。あなたの商店に行けば買えるの?」

「もちろん買えます! ……と言っても、今回お売りするのは球根の方なんです」

「球根? ……と言うと、咲く前のお花、ということよね?」

「はい!」


 ジネットは答えた。周囲ではまだ貴族たちが話を聞いてくれている。絶好の機会だった。


「……ちなみに今回は、全部パキラ皇国の宮殿産だというお墨付きではありますが、あえて花の色を明かしておりません。そのため咲くまでお花の色はわからないんです。花開いたのが赤なのか白なのか。黄色なのかピンクなのか。それとも違う色なのかは……咲いてからのお楽しみです!」


 ジネットの言葉に、クリスティーヌ夫人がおもしろがるように目を細める。


「へぇ? くじ引きみたいでちょっとおもしろそうだわ」

「それだけではないんですよ」


 そこでジネットは、意味ありげにニコッと笑ってみせた。

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