第48話 “ジネットの新商品”
「まあ、ジネット……! そのドレスはなあに? とても素敵だわ!」
いくつもの巨大シャンデリアがきらめく舞踏会場。
出会ったクリスティーヌ夫人は開口一番、興奮を隠しきれないと言った様子で口を押さえた。
「ねえ見てあなた。ジネットったら、まるで大きなお花みたいだわ!」
「うむ。これは見事だな。一体なんの花を真似ているのだ?」
普段あまり女性のドレスには関心のないパブロ公爵も、髭を撫でながらまじまじとジネットを見つめている。
――今夜ジネットが着ているのは、チューリップを模したドレスだった。
波打たせるように裁断された黄色のサテン生地は、滑らかなチューリップの花弁を模したもの。さらにその花びらを何枚も何枚も重ねていくことで、まるでチューリップの花が下に向かって咲いているような形を再現するのに成功したのだ。
その姿はさながら、大きなチューリップを纏っているみたいだった。
同時にそれだけ大胆なデザインでありながら、サテン生地の上品な光沢のおかげで、奇抜さよりも高級感がただよっている。その部分もまた、チューリップのあでやかさを表現しているようでジネットのお気に入りだった。
パブロ公爵夫妻の言葉に、そばにいた貴婦人たちも楽しそうに囁く。
「本当だわ」
「なんて素敵なドレスなのかしら」
「見て。胸元と、髪飾りもお花よ」
ご婦人たちの目ざとさに、ジネットはにっこりと微笑んだ。
ジネットの髪にも、本物の黄色いチューリップで作られた髪飾りが結われているのだ。生花とは思えない色合いの鮮やかさと瑞々しく保たれた美しさに、また周囲からため息が漏れる。
ジネットは照れたように言った。
「ありがとうございます、クリスティーヌ様、パブロ公爵閣下」
「今夜のジネットは、まるで花の妖精のようでしょう?」
そこへうっとりとした表情で言ったのはクラウスだ。
彼はすばやくジネットの手を取ると、そのまま軽く口づけた。
ちゅ、という唇の触れる音に、上目遣いでジネットを見るクラウスの菫色の瞳は濡れている。
いつにもましてとんでもない色気を放つクラウスの姿に、ジネットは思わずごくりと唾を呑んだ。
そばでは「はぁっ……!」という悩ましい叫びとともに、ひとりのご令嬢が失神した。
「こんな美しい女性はこの国の……いや、この世界のどこを探してもいないと思いませんか閣下」
「君はあいかわらずだね、クラウスくん」
と苦い顔なのはパブロ公爵。そんな男性陣ふたりには構わず、クリスティーヌ夫人がうきうきとした様子で言った。
「ねえジネット、もしかして髪飾りと胸元につけているお花がモチーフなの?」
それは宝物を見つけた乙女の表情だった。バイラパ・トルマリンカラーの青緑の瞳が、ひと際明るく輝く。
「そうなんです。これはチューリップというお花でして」
言いながらジネットは、胸元に咲いていた赤いチューリップのうちのひとつをするりと抜いた。縫い付けられていたのは、実は本物のチューリップだったのだ。
「よければ一輪どうぞ」
「まあ! なんて素敵な贈り物!」
クリスティーヌ夫人は嬉々として受け取った。それからジネットを真似るように、そっと髪にあてがってみせる。
「とてもよくお似合いです!」
夫人の透き通るようなプラチナブロンドに咲いた、一輪の真っ赤なチューリップ。
それは元々つけられていた髪飾りと合わさって、クリスティーヌ夫人をさらに、より美しく輝かせていた。
隣ではパブロ公爵が、言葉もなく夫人に見惚れている。その反応に、クリスティーヌ夫人もまんざらでもなさそうだ。
かと思うと次の瞬間、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「ねえジネット。あなたがこれを持ってきたということは、きっとこのお花に何か秘密があるのでしょう? もしかして、次回の新商品はこれかしら?」
(さすがはクリスティーヌ夫人ですね! 私が何をしようとしているのか、すぐに察してしまわれたようです!)
「ジネットの新商品」という単語に、周囲にいた貴族たちもざわっとし始めた。それも無理のない話だった。彼らは皆、前回ジネットが持ち込んだオーロンド絹布のブームを覚えているのだ。
すぐさま流行に乗り遅れまいと「ねぇ、わたくしにも見せてくださらない?」とご婦人や令嬢たちが集まってくる。
クリスティーヌ夫人はそんな彼女たちにも見えるようにチューリップを高く掲げると、しみじみと言った。
「異国情緒のただよう、見たことのない花だわ。それに色がくっきりしていて、なんて鮮やかな色なのかしら。見ているだけで元気をもらえるようよ」
「これはチューリップという花なんです。ある方のご紹介で、パキラ皇国の宮殿で育てられていたものを入手するのに成功いたしました」
「ほう? パキラ皇国の宮殿?」
その単語に反応したのはパブロ公爵だ。同じくクリスティーヌ夫人もパキラ皇国の名を聞いて、ハッとしたように目を丸くした。
「まあ! 宮殿にこんなお花が咲いていたなんて。……もし運命が違っていたら、わたくしはこのお花を宮殿で見ることになっていたのかしら」
その表情には、どこか懐かしむような、遠いところを見るような光が宿っている。
(クリスティーヌ様が宮殿……?)
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先週バタバタしていて更新お休みになってしまってごめんなさい!
また、未読の方がいましたら『クリスティーヌ王女の婚姻』という短編を読んでおいた方が来週のお話はわかるかもしれません。
https://ncode.syosetu.com/n5577hy/
『隠れ才女』の1巻にも載っています。