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第47話 パキラ一の

「……わあ! なんて綺麗な色!」


 ジネットは思わず声を上げた。

 男性が抱えていたのは、レッド、ホワイト、イエロー、ピンクの色をしたチューリップの花束だ。

 その花弁はどれも染料で染め上げたように色鮮やかで、その場の空気が一気に華やぐ。

 キュリアクリスはその花束を受け取ると、色気たっぷりの笑みを浮かべて今度はうやうやしくジネットに向かって差し出した。


「どうぞ、マドモアゼル。これは私からのお近づきの印です」

「キュリ!」


 すかさず、険しい表情をしたクラウスが一歩進み出る。けれどキュリアクリスはそれを見て「おっと」と茶化すように言った。


「いくら婚約者だからって、私が花を贈ることすら禁止するわけじゃないだろうね? それにこれは贈り物ではなく、商売の見本品だが?」

「……確かにそう言えなくもないが!」


 屁理屈に、クラウスがグッと言葉に詰まる。

 一方のジネットは、クラウスがキュリアクリスの名を呼んだ時には既に花束を受け取っていた。


「わあ! わああ!!! なんということしょう! 以前一度お父様に本物のチューリップを見せてもらったことがありましたが、これほどまでに色鮮やかではありませんでしたよ!?」


 言いながら、一枚一枚の花弁をそっとつまみ上げてじっ……くりと観察する。


「すごい……色むらのない、均一の濃さ! しかも三百六十度どこから見ても美しい!」

「そうだろう。何せこの球根の産地は、パキラの宮殿だから」

「パキラの宮殿」


 その言葉に、ジネットがぴくりと震える。


 皇族が住むパキラの宮殿は、皇国のありとあらゆる富が集まる場所。使われるものは一流品を通り越して、パキラ一だと相場が決まっている。

 当然そこに咲いている花だって、パキラ一の花なのだ。


「珍しく、美しい花。それだけでも十分な価値があると思っているが、そこに加えてパキラ一という冠がつくならどうだ?こんな珍しいものはきっと――」

「皆様が欲しがりますね!?」


 天啓を得たように、ジネットはクワワッと目を見開いた。

 先ほどとは打って変わったジネットの勢いに、気圧されたキュリアクリスが驚いた顔をする。ジネットはハッとした。


「もっ! 申し訳ありません! キュリアクリス様の言葉に被せてしまいました!」

「構わない。それだけの価値がこの花にはあると、気づいた証拠でもあるだろう?」

「はい……! 確かにこの花には、大変な価値があると思います……!」


 言いながら、ジネットは既に頭の中でカシャカシャと計算していた。この球根ひとつに、一体いくらの値がつけられるのかを。

 その間に、先ほどから真剣な表情になっていたクラウスが確認するように尋ねる。


「キュリ。仮にこの球根を売るとして、一体どれほどの数を用意できるんだ?」

「おや? 先ほどまであんなに嫉妬で目が曇っていたのに、急に現実的な話をしだしたな?」

「そりゃそうさ。目の前にあるのは金の卵ならぬ、金の球根。興味がわかないのなら、それはもう商売人失格だよ」

「商売人? お前は領主なのかと思っていたが」

「領主兼、商売人さ。収入は多ければ多いほどいいだろう?」


 不敵に笑うクラウスに対して、キュリアクリスも笑みを深めた。


「それでこそ私の友だな。……そして質問の答えだが、そうだな。君たちのオーロンド絹布と同じぐらいの数は用意できるだろう」

「そんなにですか!?」


 ジネットは驚いた。

 記憶によると、元々チューリップは他国で愛好家がいるくらいには人気が出ていると知っていたが、同時に数の確保に苦労しているという話も聞いていたのだ。


「私を誰だと思っている。元々パキラ皇国ではチューリップ栽培が盛んなのもあって、趣味で育てていたんだよ」

「なるほど……!」


 商売として成り立つくらいなのだ。キュリアクリス様の言っている"趣味"は、きっとジネットたちとは規模が違うのだと容易に想像できた。


(この方なら山ひとつ分くらい、軽々と提出してきそうです……!)


 見せつけられた皇太子の貫禄に、ジネットはごくりと唾を呑んだ。


「さすがです……! そうと決まれば、すぐにでも販売戦略を考えましょう! サラ、みんなを呼んできてくれないかしら!」

「はい!」


 すぐさま駆けていくサラに「お願いね!」と声をかけてから、ジネットは腕を組む。


「となるとやはり、最初のお披露目は舞踏会がベストでしょうか? それともまたクリスティーヌ夫人のサロンで……?」


 人が多いのは舞踏会だが、じっくり話をするならやはりクリスティーヌ夫人のサロンの方が何かと向いている。考えているとクラウスが言った。


「数が少ないのなら夫人のサロンで付加価値を上げてからがいいと思うが、キュリは在庫数には自信があるのだろう?」

「もちろん」


 キュリアクリスが自信たっぷりにうなずくいた。


「だとしたら、舞踏会がいいんじゃないかな。オーロンド絹布の時と似てはしまうが、花の美しさを活かしたドレスをジネットに着てもらうのはどうだろう? うまく再現できれば、きっと会場中がふたたびため息で包まれるだろう」


 今度はクラウスがうっとりした表情で言った。その顔は今日一番活き活きしている。反面、それを見たキュリアクリスがめんどくさそうにハァとため息をついた。


「お前のそれは、ジネット嬢を飾りたいだけだろう」

「もちろん! それに何か問題でも?」


 キリリとした表情になるクラウスに、やれやれといった様子でキュリアクリスが首を振る。


「いや、ない。派手であれば派手であるほど、人目を集めるだろうしな。……ただ、もうひとつだけ付け加えておくが、チューリップの花のすごいところは綺麗な見た目だけではないぞ」

(それだけではない?)


 キュリアクリスの思わせぶりな言葉に、ジネットはクラウスと顔を見合わせた。


「説明するから、ふたりとも耳を貸してくれ」


 言われてふたりは大人しく従った。


 ひそひそ、ひそひそと彼の口からチューリップの秘密が明かされるにつれ、ジネットの緑がかった灰色の瞳はきらきら、きらきらと輝いたのだった。

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