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第46話 もしかして私……狙われていたのですか!?

 そして翌日。


「まあこうなるだろうとは思っていたが、たまには予想を裏切ってほしいものだな? クラウスよ」


 打ち合わせのためにルセル商会の会長室にやってきていたキュリアクリスは、まるで番犬のようにジネットのそばに立つクラウスを見て、これ見よがしに大きなため息をついた。


「悪いね、キュリ。だがこれだけはどうしても譲れなかったんだ。サラがいるとは言え、君が本気でジネットを口説きに来たら、僕でないと止められない気がして」


 それに対してクラウスは、口では悪いと言いながらも実際はこれっぽっちも悪びれた様子はない。

 その飄々とした様子に、ジネットはてっきりキュリアクリスが怒るのかと思ったのだが……予想に反して彼はにやりと笑った。


「……よくわかったな。護衛があの可愛らしいお嬢さんひとりだったら、なんとでも理由をつけて追っ払ってしまおうかと考えていたんだが」


 思わぬ企みに、侍女のサラが苦い顔でうめく。


「うぐぐ……力不足、無念です……!」

「気にしないでくれサラ。どうせ彼のことだからそんなことだろうと思ったよ。欲しいものは何でも手に入れる君が、そうやすやすとジネットを諦めるとは思えないからね……」

「ご名答」


 そんなふたりのやりとりを、ジネットは視線を行ったり来たりさせながら聞いていた。


(あれ? もしかして私……狙われていたのですか!?)


 そういえば権利書を取り戻した直後に、キュリアクリスが言っていた気がする。


『その代わり本気になったら絶対にめげないし、諦めないんだ。きっと君を皇妃として連れ帰ってみせる』


 と。


(そ、そういえばそんなことをおっしゃっていた気がしますが……まさか本気で!?)


 ジネットは困った顔でぱちぱちと目をまばたかせた。

 クラウスから「好きだ」と言われていることだってまだどこか信じられない気持ちでいるのに、キュリアクリスまで加わるだなんて。


(ど、どうしよう……とりあえず)


 困った末に、ジネットはぎゅっと手を握った。


(商売しましょう!)


「あの!」


 突如大声を出したジネットを、ふたりが驚いた顔で見る。


「本題に戻りましょう! キュリアクリス様が『見せたいもの』とおっしゃっていたのは、何だったのでしょう!?」

「ああ」


 その言葉でようやく思い出したように、キュリアクリスは手に持っていた箱をテーブルの上に載せた。


 そして彼が箱の蓋を開けると――。


「これは……植木鉢ですか?」


 中から出てきたのは、どこからどう見ても素焼きの植木鉢だった。中には土から覗く何かの球根が埋もれている。キュリアクリスはうなずいた。


「ああ。これが私から提案したい――チューリップという花なんだ」

「チューリップ」


 その花の名を、ジネットは聞いたことがあった。

 この国ではほとんど見かけないが、キュリアクリスの生国であるパキラ皇国でよく栽培されているものだ。パキラ皇国ではチューリップは神聖な花として扱われ、皇帝の帽子にすら刺繍されるほど。花自体も大きな花弁が非常に色鮮やかで、見目麗しい花だと聞く。


「チューリップ自体は知っていますが……なぜこれを選んだのでしょうか?」


 不思議に思ってジネットは尋ねた。


 確かにチューリップは、この国にはない花なので珍しいことは間違いない。しかし珍しさだけで言うなら、パキラ皇国にはもっと珍しいものがたくさんあるはずだ。

 目にも鮮やかな色合いの平織り物に、美しい模様を描いたガラス細工。何を隠そう、ジネットが以前販売したモザイクランタンも、パキラ皇国のモザイクランプをモデルにしているのだった。


 それに引き換えチューリップは珍しいものの、生薬などに使われるわけではないため他の植物に比べて用途は限られている。

 何より“花”なので、どうしても開花まで時間がかかってしまうのだ。咲いて初めて価値が出る花を何カ月も待つのは、商品として取り扱うにはやや難しかった。

 そんなジネットの無言の問いかけに答えるように、キュリアクリスはふっと余裕たっぷりに笑う。

 それから中の球根を取り出し、まるで大粒の宝石を掲げるように皆の前に掲げてみせる。


「知っているか? チューリップという花はおもしろいんだ。種から育てるととんでもない時間がかかるが、球根を使えばその時間はグッと短縮される。おまけに、ひとつの球根から複数の“子球”と呼ばれるチューリップの赤ん坊ができるのさ。これによって同じ色のチューリップをいくつも増やせる」


 ジネットは何も言わず、じっとキュリアクリスの言葉を聞いていた。


(確かに増やせるのは便利だけれど……それだけだわ)


 キュリアクリスが賓客だからと言って、変に忖度したりしない。きちんと自分で価値があると思えない限り、ジネットの瞳は輝かないのだ。


 ジネットの反応がかんばしくないことに気づいたキュリアクリスが、またにやりと笑う。


「ま、ただ口で説明しただけじゃわからないだろう。こんなこともあろうかと、ちゃんと実物も用意してきたんだ」


 言いながら彼がパチン、と指を鳴らすと同時にノックの音がした。どうやら、彼の部下が外で待機していたらしい。


「どうぞ」


 ジネットの許しを得て扉が開き、そしてうやうやしく入って来た男性が抱えていたのは――。

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