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第45話 うん? 守る……? 何からかしら……?

「ふぅ。さすがに商会長ともなると、やることがぐっと増えますね……!」


 夜。ギヴァルシュ伯爵家にある自分の書斎で、ジネットは書き終わった書類をトントンとまとめながらつぶやいた。


 以前父の手伝いをしていただけの時とは違い、今は新規計画の他に各店舗の資金管理や人員計画など、多岐にわたる仕事がジネットに任されている。もちろん大部分はギデオンや担当者らがある程度整えてくれるものの、それでもかなりの時間がかかるのだ。


 ジネットがふぅと息をつくと、すかさずスッとお茶の入ったティーカップが差し出された。それを差し出したのは侍女のサラ――ではなく、クラウスだった。


「疲れただろう。サラが淹れてくれたお茶でも飲んで、ひと息つくといい」

「あ、ありがとうございます」

(お仕事に集中していてすっかり忘れていたけれど、そういえばクラウス様もいらっしゃるのだった……!)


 壁のそばでは、お茶を淹れてくれたサラがニコニコしながらこちらを見ている。


 毎日、というわけではないが、あいかわらずクラウスはなかなかの高頻度でジネットの書斎を訪れていた。ジネットは一度集中すると周りが見えなくなるため、特に気にしたことはないが……。


(クラウス様は私がいてもお邪魔にならないのかしら……?)


 なんて思いながらカップを受け取ると、ふんわりといい匂いがただよってくる。ジネットはそれを胸いっぱいに吸い込んだ。


「いい匂い……! これはカモミールですね!」

「カモミールはリラックス効果があるし、体も温めてくれるからね」

「それに見た目もとっても綺麗ですね! お茶の中にお花が咲いています!」


 そのお茶はジネットの言う通り、ただのお茶ではなかった。

 澄んだ琥珀色の液体の中に、いくつもの小さなカモミールの花がぷかりぷかりと浮かんでいたのだ。まるでカップの中に小さな花畑が広がっているみたいで、ジネットはうっとりと見惚れた。


 ジネットの反応に、クラウスがふふ、と嬉しそうに微笑む。


「極東の地に“花茶”というお茶があるんだけれど、カップの中に美しい花が咲くんだ。それをうちでも何か真似できないかと、カモミールを浮かせてみたんだよ」

「とても素敵だと思います! カモミールは香りや味がとても素敵ですが、目でも楽しめるのなら百点満点ですね! ……あっもしかして次はこれをマセウス商会でお売りに!?」


 ピンと来たジネットが尋ねると、クラウスが「そうだよ」と微笑む。


「この商品なら、マセウス商会の客層とぴったりだからね」


 ――権利書を取り戻してすぐ、ジネットはクラウスと今後どうするかを相談し合った。

 キュリアクリスは「ジネット嬢の方がいいな」と言ってマセウス商会を手放したため、ふたつの紹介がすべてジネットたちの手に戻って来たのだ。

 そのままふたつの商会を合併してもよかったのだが、商会はそれぞれ異なる客層を持っている。


 そのため考えた末に、ルセル商会は性別問わず万人向けの商品を、マセウス商会は主に女性向けの商品を売ることとなったのだ。


「その方が、節税にもなりますしね!」


 ジネットは輝くような笑顔を浮かべて、グッと親指を立てた。

 きっと義母や社交界の人々だったら「まぁ、なんて卑しいことを考えているのかしら」と非難してきただろう。けれどクラウスだけは別だ。


「お金は大事だからね。合法的に抑えられる出費はすべて抑えてこそだ」


 うんうんと、聖人の微笑みとも称される優雅な笑みを浮かべてうなずいている。

 それを見ていたサラがふふふと笑いながら言った。


「きっと何も知らない人が見たら、にこやかなおふたりがまさか節税についてお話しているなんて夢にも思わないでしょうね」

「社交界の人たちはお金の話を卑しいものだと考えているからね……。特にご婦人は」


 クラウスの言葉に、ジネットも深く深くうなずいた。

 実際、ジネットも商売の話をしたことで散々馬鹿にされ笑われてきたのだ。本人は全然気にしていなかったが。


「あっ! でもクリスティーヌ様なら気にせず楽しく話してくれる気がします!」


 ――クリスティーヌ・パブロ公爵夫人。

 彼女は元王族の美しい夫人で、そして貴族のご婦人として初めてジネットの能力を認めてくれた人だった。

 前回、社交界で抜群の影響力を持つ彼女がジネットの商品を後押ししてくれたからこそ、“オーロンド絹布”の爆発的ブームが巻き起こったのだ。

 いわばジネットと、マセウス商会の恩人でもあった。


「僕もそう思うよ。だからお礼として夫人にもこのお茶を贈るつもりだ」

「とてもいいと思います! クリスティーヌ様、きっと喜んでくださると思います!」

 言いながら既にジネットは、喜ぶクリスティーヌ夫人の姿を思い浮かべていた。


 彼女は本当に明るく朗らかで、そして気持ちのよい人物なのだ。

 たとえ持って行ったものがダンゴムシだったとしても、クリスティーヌ夫人なら目を丸くした後、「なんて立派なダンゴムシなのでしょう!」とからから笑ってくれるだろう。……ただし、夫のパブロ公爵に「妻になんてものを!」と怒られるのは間違いないが。


「ところでルセル商会の方では、次シーズンは何を売るのか考えているのかい?」


 聞かれてジネットはうーんと言葉を濁らせた。


「それが実はまだでして……。ただ、キュリアクリス様が何やら用意しているらしいので、明日商会でお会いする約束なんです。『その時に見せてあげるよ』とおっしゃってました」

「……ほう?」


 その瞬間、なぜかクラウスの瞳がきらりと光った。


「……ジネット。念のため聞くけど、まさかふたりきりで会うわけではないよね?」

「ふたりきりでは会いませんよ。ギデオンさんはいませんが、サラが一緒です」


 ジネットの言葉に、そばに立っていたサラが「はい!」と力強くうなずく。


「クラウス様! 私が全力でお嬢様をお守りいたしますのでご安心ください!」


 どん、と力強く胸を叩くサラを見て、ジネットは首をかしげた。


(うん? 守る……? 何からかしら……?)

「それなら……大丈夫なのかな……しかし……うーん……やっぱり不安だ……」


 サラの太鼓判にもクラウスは納得いかないようで、何やらブツブツ言い続けている。

 ジネットはそっと申し出た。


「あの、大丈夫ですよクラウス様。たとえキュリアクリス様が王族だとしても、私はひるんだりしません! 商人として、立派に対応いたします!」

「いや、そうではなくてね……」

(あれ? 違ったかしら? てっきり、キュリアクリス様相手に私が遠慮していい仕事ができなくなると心配していたのかと思っていたのだけれど……)


 結局その日はずっと、クラウスは寝室に消えるまでずっとうんうんうなったままだった。

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