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第43話 あのう、クラウス様。これは一体……?

「あのう、クラウス様。これは一体……?」


 ギヴァルシュ伯爵家の応接間。ジネットはクラウスの膝の上にちょこんと乗ったまま、ためらいがちに口を開いた。

 一方ソファに座っているクラウスはと言えば、ジネットを膝に乗せたまま満面の笑みを浮かべている。


 ――応接間に入るなり「ジネット、こちらへ」と言われて従ったら、まさかの案内された先が彼の膝の上だったのだ。


「ん? 何か変わったことでも?」


 あまりに当たり前のように聞き返されて、ジネットはしどろもどろになった。


「変わったこと、と言いますか、その、今の状況そのものが変わっていると言いますか……!」


(も、もしかして私が知らないだけで、婚約者なら膝に乗るのは普通だったりするのかしら!?)


 ジネットは商売の知識は誰にも負けないという自負があるが、逆に男女の付き合いに関してはまったく自信がない。どういうものがいわゆる正解なのか、いつもサラに聞いているくらいなのだ。


 けれど、今は頼みの綱であるサラはいない。

 代わりに目の前にいるのは――。


「まったく……。この私にこうも見せつけてくれるとは、君は本当にいい度胸をしているねクラウス?」


 眉間に青筋を浮かべ、引きつった微笑みを浮かべているのは、クラウスの友人でパキラ皇国の第一皇子キュリアクリスだった。


 ――そう。恐ろしいことに、クラウスはキュリアクリスの前でジネットを膝の上に載せているのだった。


「おや? 君ならこれくらいの光景、慣れっこだと思っていたのだが、そうでもないのかな?」


 キュリアクリスの言葉にも視線にも動じず、クラウスは余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべている。


「あいにく私はこう見えて品行方正なんだ。君のようなふるまいは一度もしたことはないぞ」


 だが彼の遠回しの非難にもクラウスはまったくめげなかった。それどころか、頬を赤らめると照れたようにこう言ったのだ。


「そうか。だがキュリ、君にもいつかわかる時が来るよ。人間、愛しい女性ができると、片時も離したくなくなるという気持ちがね……」


 彫刻のように整った横顔に赤みが差し、菫色の瞳が潤む。――その表情の色っぽさといったら、美の女神ですら照れて逃げ出してしまうだろう。


 思わずジネットはごくりと唾を呑んだ。


(照れたクラウス様もなんて美しいのでしょう……!)


「おかしいな。私は遠回しに非難したつもりだったのだが、なぜ惚気られているのだ?」


 額を押さえながら言ったのはもちろんキュリアクリスだ。

 だがすぐに彼は、何を言ってもクラウスに通じないと悟ったのか、はあと大きなため息をついた。


「……まあいい。それより、今日の本題だ」

「ああ、ぜひともそうしてくれ。君が話をしに来たのは、ルセル商会のことだったな」


 “ルセル商会”

 クラウスがその言葉を出した瞬間、ジネットはスッと背筋を伸ばした。釣られるように、キュリアクリスの顔も真剣なものに変わる。


 ――先日、紆余曲折の末、義母レイラから取り戻したルセル商会は今ジネットの手にある。

 宝の持ち腐れにしないためにも、これから本格的に活動を……と考えていたところにやってきたのがキュリアクリスだった。

 黒色の瞳をきらりと輝かせながら、褐色の肌をした見目麗しい皇太子は言う。


「そうだ。ルセル商会は約束通りジネット嬢に返したが、この国で商売を始めたいと言うのは本音でね。そこで見返りというわけではないが、商会で勉強させてほしいんだ。私を従業員として雇ってくれ」

「キュリアクリス様を雇う……ですか?」


 予想していなかった提案に、ジネットはぱちくりとまばたきをした。隣ではクラウスが何やらじっと考え込んでいる。


「……雇うということはもしかして、ジネットのそばでということか?」

「もちろん」


 キュリアクリスはにこりと微笑んだ。今日一番の笑顔だった。


「ただルセル商会で働くだけでは意味がないからな。やはりここは、ジネット嬢の手腕を近くで見なくては。神髄はそこにある」

「……ジネット、君はどうしたい?」


 その質問には、様子をうかがっている気配がした。けれど何も懸念のないジネットは当然、即座にこう答えた。


「私は大歓迎です! むしろキュリアクリス様の力をお借りできるのでしたらぜひ!」


 キュリアクリスはクラウスに負けず劣らず勉強熱心で、かつパキラ皇国の人間なのだ。ルセル商会やマセウス商会にはなかった新たな視点を学べる、絶好の機会とも言える。

 ジネットの返答に、クラウスは「だと思ったよ……」と呟きながら小さくため息をついた。


「本当なら即座に『お断りだ』と言いたいところだが、ルセル商会はジネットのものだ。私に決定権限はない。それにキュリには権利書獲得の件で恩もあるからな……。残念だが、キュリをルセル商会に迎えるしかないようだ」


 諦めたようなクラウスの言葉に、キュリアクリスは満足そうに笑った。それから大きな手をジネットに向かって差し出す。彼がにっこり微笑むと、浅黒い肌に輝く白い歯が光った。


「なら話は決まりだな。一緒に働けるのを楽しみにしているよ、ジネット嬢」

「はいっ! よろしくお願いいたします、キュリアクリス様!」


 その手をジネットが嬉々として握った。クラウスはその様子を微笑みつつも、眉間に青筋を立てて見ている。


 ――ちなみにあいかわらずジネットはクラウスの膝に座ったままなので、はた目から見るとさぞかし滑稽な姿だっただろう。けれどその場にはジネットたち以外には誰もいなかったので、そのことを指摘する人はいなかった。





お待たせいたしました!こちらも更新再開です!毎週木曜お昼12時目標

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