第41話 本当になんて気持ちがいいのかしら!(義母視点)
その頃、ルセル家では権利書を売り払ったレイラが、お手本のような高笑いをしていた。
「おーっほっほっほ! ああ、してやった瞬間って、本当になんて気持ちがいいのかしら! 今頃ジネットは、どうすればいいか途方にくれていることでしょうね! その顔を拝んでやりたいわ!」
家令のギルバートはやれやれとため息をつき、隣ではアリエルがまだポ~ッと顔を赤らめている。
「お母様……あの方とっても素敵でしたね……! お名前は、キュリアクリス様……だったかしら? 異国のお名前も、とっても似合っていらっしゃるわ……」
先ほど権利書とお金を交換する際には、アリエルもしっかり同席していた。
そこでキュリアクリスを紹介してもらい、手の甲にキスを受けてからずっとこの調子なのだ。
「あの方、権利書を買ったということはしばらくこの国に残るってことですわよね? ああ、お店に遊びに行けば会えるかしら。早く会いたいわ。さっきだって、本当はお見送りがしたかったのに……!」
言いながら、アリエルは未練がましく窓に張り付いた。
取引を終えて、彼がルセル家を出たのはついさっきのこと。
レイラに「はしたないからくっついていくのはやめなさい!」と言われたからしぶしぶ諦めたが、本当は馬車までぴったりくっついて見送りしたかった。今頃まだ下にいるはずだ。
ふぅ、とため息をつきながらレイラが言う。
「アリエル。何度も言うけれど、男性には最初からその気があると思わせすぎちゃだめなのよ。クラウス様のことだって、お前がもう少し駆け引きが上手だったら、うまいことその気にさせられていたかもしれないのに」
「そんな難しいこと言われてもわからないわ。私はお母様みたいな手練手管を持ってないんですもの。……あっ! キュリアクリス様がまだいらっしゃったわ! 馬車に乗ろうとしている!」
麗しの姿を見つけて、アリエルはきゃっきゃとはしゃいだ。
娘のそんな姿に、レイラが「まったくあなたは……」とお小言をこぼそうとしたその時だった。
「……あら? 迎えの馬車から出て来たのは……クラウス様?」
「えっ?」
クラウスという単語に、レイラがバッと窓を向く。
アリエルは窓に張り付いたまま、不思議そうな顔で続けた。
「それに……よく見たらお姉様もいらっしゃるわ。なぜ?」
「なんですって!?」
今度こそレイラはあわてたように立ち上がった。
ビタンと急ぎ窓に張り付いて見ると、ルセル家の門前には一台の馬車が留まっている。
そこに向かって歩いているのは、先ほど山盛りの金貨と引き換えに権利書を譲ったばかりのキュリアクリス。
そして迎えと思しき馬車の前には、確かにクラウスと、義娘であるジネットが笑顔で立っていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!!! どういうことなの!? なぜあのふたりが!?」
叫んで、レイラは転がるようにして部屋を飛び出した。
「あっお母様待って! ひとりだけ抜け駆けなんてずるいわ! 私も行く!」
後ろから聞こえるアリエルには構わず、レイラはぜっぜと息を切らしながら馬車の元に走る。
(なんであの娘が一緒にいるの!? ジネットの送り込んできた人は、全員排除したはずよ! なのに……どういうこと!?)
バン! とレイラは、乱暴に玄関の戸を開けると叫んだ。
「待ちなさい!!!」