第40話 お義母様の罠
「権利書を落札できなかった……のですか……!?」
義母の競売に送り込んだ商人たちの報告を聞きながら、ジネットが両手で口を押さえた。そんなジネットを支えるように、クラウスがそっと肩に触れた。
「では、権利書は誰の手に?」
クラウスの問いに、アイヤゴンとバリエの商人たちが答えた。
「それが……よくわからないのですが、浅黒い肌と、黒い髪をした若い男でした」
「ええ。それもすごく不自然な様子で……」
「不自然?」
クラウスが眉をひそめると、ふたりの商人は顔を見合わせながらその時のことを話した。
「飛びぬけて高額を提示したわけでもなかったのに、その男が手を挙げた瞬間、ルセル夫人が競売を強制終了してしまったんです。あれはまるで、その男が入札するのを待っていたかのようでした」
『その男を待っていたかのように』
商人の言葉に、クラウスとジネットは顔を見合わせた。
「よく、それで会場が荒れませんでしたね……!? といいますか、もはや競売の体をなしていないような」
「もちろん、『どういうことだ!』って一瞬にして荒れましたよ。でもルセル家の家令らしき男性と、それから落札した男性自身が、その場をうまいことなだめてしまったんです」
「ルセル夫人もその男性に対してとても喜んでいましたねぇ……。あれはすべて、彼が落札するよう最初から用意されていたのではという気がします」
それから、彼らは何やら落ち着かない様子でちらりとジネットを上目遣いで見上げる。
「ジネット様、申し訳ありません。せっかく声をかけてもらったのに役に立てず……それで、あのう……」
「大変言いにくいのですが、我々が失敗したということは、オーロンド絹布の入荷も、もしや……?」
彼らが心配している内容を悟って、ジネットは急いで手を振った。
「ああ! いえ、そちらは心配しないでください。もちろん、落札できなかったのでオーロンド絹布の販売ルートをまるまる差し上げることはできませんが、布地の再販に関しては、もともと取引再開をお約束していたことですから」
「あの競売にもぐりこんだだけで充分、借りは返してもらいましたしね」
ジネットとクラウスの言葉に、ふたりは露骨にほーっとした顔をした。
自業自得とは言え、偽オーロンド絹布のせいでアイヤゴンもバリエも結構な損害を受けたと聞く。
利益どうのこうのの前に、今度こそ本物を売って商店の名誉挽回をしたいのだろう。
「――それにしても、おふたりが落札できなかったとなると……」
商人たちを見送ってから、ジネットは顎に手をあててぼそりと呟いた。
「ああ。これは少々面倒なことになるかもしれないね……」
言って、クラウスも言葉を濁らせる。
それからしばらく、ジネットとクラウスは難しい顔のまま応接室に立ち尽くしていたのだった。